おっさん、じいさんと手を組む
それからルイスたちは、しばし集落で昼食をご馳走になった。
リッド村でも思ったが、田舎の料理はどこか暖かみがあるように感じられた。帝都の食事ももちろん美味いのだが、作り手の愛がこもっているような――臭い言い方だが――そんな気がするのだ。
実際にも、薬草を取ってきてくれたお礼にと、何人かの人間がヒュースの料理に加わってくれていた。もちろん病人以外の人々である。
そんな愛情がこもった料理だから、味もなんだか帝都とは違う気がする。
いままで殺伐とした人生だけれど――こんな生き方も悪くないかもな。
改めて、そう思うルイスであった。
「……にしても、妙だのう」
骨付き肉をかじりながら、アルトリアがやや神妙な表情で言う。
「最近の魔獣の動きはおかしい……。ヒュース、おぬしもそう思わんか?」
「んー、どうかねぇ」
ヒュースも顔をしかめる。
「まだこの集落は襲われてないからな。だが、妙に魔獣がいきり立っているっていう話は聞いてるぜ」
「なるほどのう……」
「あ、私もそれおかしいと思います! 森林に向かうときも、すごく襲われましたもん! 異常です、い・じょ・う!」
それはルイスも感じたことだ。
妙に魔獣どもが好戦的なのだ。後先のことを考えず、人間を見かけたらとりあえず突撃しているような――そんな気さえする。
アリシアの台詞に、アルトリアは力強く頷いた。
「ギルドがパニックになっているのもそれが理由じゃろうて。いまはまだ被害が少ないからいいが、もし、辺境の村が襲われることになったら……」
「…………」
その未来を考えただけで怖気がする。
帝都での襲撃ならともかく、この集落やリッド村が襲われた場合――いまのギルドで、果たして対応できるだろうか。魔獣退治だけで手一杯になっているこの状況で……
「ちょ、ちょっと待てよ」
黙り込むルイスに、ヒュースが目を見開いて話しかけた。
「森林に行く途中、何度も魔獣に襲われたって……? ど、どうしたんだおまえら? 猛スピードで逃げてきたのか?」
「ほ? なんじゃおぬしら、話してないのか?」
目を丸くするアルトリア。
「だってルイスさんが喋るなって……あれ?」
アリシアがふいに首を傾げる。
「な、なにか感じない? なんか、変な魔力の流れが……」
「ふむ? さて、ワシはなにも感じんが……」
「…………」
このとき、ルイスは感じ取っていた。
先日、帝都を襲撃したブラッドネス・ドラゴン。それと似通った気配が、急速にこちらに近寄ってきているのを。
瞬間。
「――ゴオオオオオオオ!」
耳をつんざく巨大な咆哮が、突如、あたり一帯に響き渡った。野太く、悪魔のような低い鳴き声だ。聞くだけで鳥肌が浮かんでくる。
「うおっ!」
「な、何事じゃ!?」
「ル、ルイスさん……こ、これって……!?」
顔を青くするアリシアに頷きかけ、ルイスは急いで家屋から飛び出した。アルトリアとアリシア、ヒュースも続いてくる。
そして数秒後、《そいつ》の姿を目視したルイスは、思わず立ちすくんでしまった。
――巨大猿。
そんな言葉が浮かんでくる。
ここ集落は、背の高い木々に囲まれているのだが――そんな大樹でさえ、はるかな高みから見下ろしてくるほどの巨体だ。帝都の城よりもさらに大きいと思われた。
体格も獰猛そのものだ。濃紺の体毛に覆われた手足は、こちらも恐怖心を覚えるほどに隆々に盛り上がっている。あれに殴られたが最期、生きて帰られる自信がない。
そんな巨大猿が、現在、大きな足音を響かせながらこちらに向かってきている。紅に輝く二つの瞳は、明らかな殺意に燃えている。
もう集落の住民のほとんどが、奴の存在に気づいたようだ。悲鳴をあげて逃げまどい始めている。
「な、なんじゃ、あれは!?」
さすがのアルトリアも見たことがなかったのだろう、目を大きく見開いた。
「ゾンネーガ・アッフ……。二千年前、勇者の前に立ちふさがったという化け物だ……」
「な、知っておるのか?」
「これでも勉強だけは頑張ってきたからな……。そこらへんの魔獣とは格が違うぞ」
再び、太古の魔獣がルイスの元に現れた。
――いったいなぜ、なんのために。
それは不明だが、いまはそれを考えている場合ではないだろう。
「おいルイス、アリシア! なにしてる! 逃げろ!」
「危ないですぞ! 逃げなされ!」
「ルイスさん!」
背後で、ヒュースを始めとする集落の住民たちが怒声を発した。
ルイスは彼らに小さく頷き返すと、走り寄ってくるゾンネーガ・アッフに目を戻した。
「アルトリアのじいさん……。あんたはどうする」
「決まってるじゃろが。ここであやつを食い止める」
「……だよな」
ここで逃げるわけにはいくまい。
ルイスとアルトリアには力がある。ここで人々を守らずして、なんのための力か。
「アリシア。おまえは住民らをうまく誘導して避難させてくれ。頼むぞ」
「は、はい……! 二人も、どうか気をつけて……!」




