ギルドを超える三人
ルイスとアリシアは、集落の空き家で時間を過ごすことにした。
アルトリアの仕事を手伝いたい気持ちもあるが、いかんせん、依頼の場所がわからない。闇雲にここを離れるより、いったん待機するほうが得策といえた。
「…………」
待っている間、アリシアはしきりに自身のステータスを眺めていた。
本人が許可しない限り、他人の数値を覗き見ることはできない。だからルイスも彼女の正確なステータスはわからない。
それでもルイスはなんとなく察していた。彼女の、心が痛むような暗い表情――やっぱり、なにも変わっていないのだ。
アリシアはふうと息を吐くと、椅子の背もたれに身を預け、真向かいに座るルイスに目を向けた。
「そういえば、ルイスさん」
「ん?」
「ずっと気になってたんですけど……《無条件勝利》ってどんなスキルなんですか?」
「ああ……それがなぁ……」
なにしろ、このスキルを取得してからまだ日が浅い。
それからも田舎に引っ越したり――あるいは初仕事をこなしたり――色々バタバタしていたので、深くこのスキルと向き合う時間がなかった。
「相当強いスキルだってことはわかってるんだ。あのブラッドネス・ドラゴンすら一撃で殺したしな。だが……」
ルイスの言葉を、アリシアが真剣な表情で引き継ぐ。
「……でも、無条件に勝利しているわけではない。そういうことですね?」
「ああ……」
無条件勝利とまで言うのだ。
それこそ、戦いが始まった瞬間から勝利していてもいいくらい、ご大層なネーミングである。
にも関わらず、いまのところそんな兆候は見えない。文句なしのチートスキルであることは間違いないが……
「なんつっても、俺ですら聞いたことねえようなスキルだしなぁ。こればっかりはわかんねえよ」
後頭部の後ろで両手を組みながら言う。
「《成長型スキル》の可能性もある。使っていくうち、色々わかってくるかもしれねえな」
先程、森林に向かう途中でも感じたことだ。だんだん《無条件勝利》が身体に馴染んでいくような――そんな感覚がある。最初より力が漲るし、疲労も溜まらない。
ルイスは想像する。
もし、これが成長型スキルだとしたら――現在でさえかなり強いのに、いったいどれほど化け物じみたスキルになるのだろう。なにしろ、使い始めの時点でブラッドネス・ドラゴンすら一撃でノックアウトしてみせたのだ。
かの伝説の勇者――エルガーもそうだったという。
若い頃は平凡な男性だったが、ある日を境に急激に強くなり……そして魔王と対決する頃には、そこらへんの魔獣など《剣を抜く前に》勝利していたと。
「どっちにしても、私は嬉しいです」
えへへとアリシアは笑った。
「あれだけ頑張ってたルイスさんが報われたんですから。すごく良いことだと思います」
「アリシア、おまえ……」
――自分自身は辛くないのかよ――
そう問いかける前に、空き家の扉が勢いよく開かれた。
「ルイス! アリシア! 来てくれ、集落のみんなが礼を言いたいそうだ!」
ヒュース・ブラクネスだった。
「ありがとうございます、ありがとうごさいます……。だいぶ、身体が楽になりましたですじゃ」
「これもルイスさんとアリシアさんのおかげです。本当にありがとうございます」
どうも即効性のある薬らしい。
来たときは苦しそうだった患者たちが、明るい表情で頭を下げてきた。
ここに住んでいるのは多くが年老いた者たちだ。軽い風邪であっても応えたに違いない。
ルイスはハハハと乾いた笑い声を発した。
「そんなに感謝されても……。いつもの仕事しただけですし」
「当たり前のことを、当たり前にやる。これは存外、立派なことなんですぞ」
さすがご老人、言葉に重みがある。
たしかにそうだ。いま現在のギルドは、当たり前のことができていない。
「まあ人生、色々あるからなぁ」
黙り込むルイスに、ヒュースが話しかける。
「あんた、ギルドで散々な目に遭ってきたんだろう? でも、ここにいる人はみんな知ってる。あんたの人柄も、あんたの頑張りもな」
「ヒュース……」
「これからも、薬草が足りなくなったら頼んでいいか? またギルドで新人押しつけられちゃたまったもんじゃねえからな」
「ああ……是非そうしてくれ」
「あと、知り合いにもあんたらのことを話しておくよ。ギルドよりもよっぽど頼りになる三人がいるぜ――ってな」
「ふふ、ありがとうございます」
アリシアもニコニコ顔だ。
ギルドにはないフットワークの軽さで、迷える人々を助けていく――なるほど、これはこれで良いもんだとルイスは思った。
「――ほほ、うまくいったみたいだの」
ふいに聞き覚えのある声がして、ルイスは背後を振り返った。
アルトリア・カーフェイ。
元Aランクの冒険者は、服に汚れひとつつけぬまま、にかっと笑顔で帰還した。
「ほうほう、みんな元気そうじゃアないか。ルイス、アリシア、よくやってくれた」
「あ、あんた、もう魔獣どもを退治してきたのか?」
「当たり前じゃろが。軽く斬り刻んできてやったわ」
こちらもさすがである。
「……はは、あんたら、もしかしたらギルドより有名になるかもな」
ヒュースも苦笑いだった。
「それなら、せっかくだし昼飯でも振る舞おうか。食ってくか?」
「おうおう。ワシゃあ腹減ったぞ! な、ルイスもそうじゃろ?」
「あ、ああ……。じゃ、お言葉に甘えて」
「あ、私も食べたーい!」