おっさん、弱かった頃の自分を忘れない
――深夜。
「ふう……」
ルイス・アルゼイドは、与えられた部屋で一息ついていた。
宴は無事に終了した。
ルイスが風呂でさっぱりした後は、みんな静かに眠りこけてしまったようだ。
室外からはなんの喧噪も聞こえない。虫の鳴き声だけが、優しく響き渡っている。
――本当にいい村だな……
そう思いながら、コップの水をぐいっと飲み干す。
いままで辛いことしかなかった人生だけれど、余生をこんな田舎で過ごすのも悪くない。アリシア一家も、村人たちも、ルイスを暖かく歓迎してくれている。あとは、俺自身が自分の道を見つけなければなるまい。
――コンコン。
ふいに扉の叩かれる音がした。
「どうぞ」
と声をかけると、ゆっくりと扉が開かれる。
アリシア・カーフェイだった。
彼女も風呂上がりのようで、柔らかい金髪を下ろしている。いつも着ている戦闘服などとは違い、可愛らしいパジャマ姿ですこしドキッとしてしまった。下世話な話、出るところがはっきり出ているのである。
ルイスはこほんと咳払いした。
「どうした。こんな夜更けに」
「いえ、ルイスさんとお話したくなって。ご迷惑でしたか?」
「いや。そんなことはないが。――ま、座れよ」
そう言って自分の隣を手差しする。
アリシアははいと返事すると、ゆっくりとそちらに腰を下ろした。
「どうですかこの村は。馴染めそうですか?」
「すげえ良いとこだと思うよ。みんな優しいし、俺みたいな怪しい奴をすぐに泊めてくれてよ。帝都じゃありえねえだろ」
「……なら良かったです。ルイスさん、不安で眠れないんじゃないかって心配してたんですよ」
「……ガキかよ俺はよ」
小さい声で突っ込むと、改めてアリシアの瞳を見据える。
「ありがとな。俺なんかを案内してくれて」
アリシアもえへへと笑った。
「ルイスさんは良い人なんですから、当たり前です」
それから、やや言いにくそうにもじもじした後、意を決したようにルイスを見た。
「あ、あの。明日から、お父さんと一緒にお仕事するんですよね?」
「ああ。一応そういうことになってるが……」
「もしよろしければ、私もご一緒させてくれませんか? ギルドみたいに、ルイスさんと戦ったり冒険したりしたいです……!」
「……いや、俺ゃあ構わねえが……」
というより、断る権利がない。
そもそも彼女の父が言い出した話だ。泊めてもらっている俺に否やのあろうはずもない。
「おまえ、本当にたいした奴だよな……」
――自分の実力はわかってるだろうに。
とは言わなかったが、アリシアはすべてを察したようで、またえへへと笑う。
「なにもしないなんて嫌ですから。へっぽこな私ですけど、最低限できることだけは成し遂げていきたいんです」
「そうか……」
昔の自分にそっくりだと思った。
生まれてから一度もレベルが上がらない。どんなに努力しても報われない。必死に勉強してもランクが上がらない。
それでも――腐らずに自分を高め続けてきた。
なにもできない自分だからこそ、すこしでも特技を増やしておきたかったから。
だから痛いほどにわかってしまった。現在のアリシアの気持ちが。
「……大丈夫だ。おまえなら、きっと強くなれる」
「……え?」
「俺はおまえの頑張りを知ってる。ギルドにいた頃も、俺の見えねえところで魔法の練習してただろ?」
「はい……」
「安心しろ。こんな俺だって強くなれた。おまえもいつか……絶対に報われるときがくるはずだ」
「ルイスさん……」
アリシアは両目の雫をごしごしと拭った。
「強くなれるでしょうか……こんな、なにもできない私でも……」
「ああ。おまえにはアルトリアさんの血が流れてるじゃねえか」
言いながら、ぽんとアリシアの頭に手を乗せる。
「また一緒に頑張ろう。これでもブラッドネス・ドラゴンのときはおまえがいなきゃ勝てなかったからな」
「もう、ルイスさんは……」
涙目になりながらも、いつもの調子のいい声を発する。
「……まったく。ルイスさんには女たらしの傾向がありそうですね」
「は?」
「いえ、なんでもないです」
それから再び、えへへと元気に笑ってみせた。
「ありがとうございます。ほんとはちょっとだけ諦めかけてたんですけど、ルイスさんのおかげで元気が出ました。もっともっと頑張りたいと思います……ルイスさんのように」
「はは、俺なんかの真似してもロクなことにならねえぞ?」
ルイスはふっと苦笑を浮かべる。
――と。
「も、もどかしいのう……いつになったらキスするんじゃ……?」
「駄目ですよあなた。こういうのは段階があるんです……!」
ふいに扉の奥からヒソヒソ話が聞こえてきた。
「……はあ」
ルイスはため息をつくと、無言で立ち上がり、勢いよく扉を開いてみせた。
「あっ!」
「きゃっ!」
――バタン!
アリシアの両親――アルトリアとフレミアが、前のめりになって倒れてきた。いつからかは不明だが、やっぱり覗き見していたようだ。
「お、お父さん、お母さん!?」
アリシアも顔を真っ赤にして立ち上がる。
ルイスはアルトリアを見下ろし、ひきつった笑みを浮かべた。
「泊めてくれてることには感謝するが、かといって覗き見してもらっちゃあ困るぞ? なぁ?」
「こ、これはのう……む、娘を心配する親心というかそのう……」
「その割にはずいぶん楽しそうな声だったが?」
「む、むむむ……。あ! 巨大な魔獣の気配じゃーーにげろぉーー!」
そう言って逃げ出していく。
「ったく……」
ルイスは後頭部をかきむしる。あれは絶対、楽しんでいただろう。
――このようにして、田舎生活の初日は幕を閉じた。




