表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/194

おっさん、弱かった頃の自分を忘れない

 ――深夜。  


「ふう……」


 ルイス・アルゼイドは、与えられた部屋で一息ついていた。


 宴は無事に終了した。


 ルイスが風呂でさっぱりした後は、みんな静かに眠りこけてしまったようだ。

 室外からはなんの喧噪も聞こえない。虫の鳴き声だけが、優しく響き渡っている。


 ――本当にいい村だな……


 そう思いながら、コップの水をぐいっと飲み干す。


 いままで辛いことしかなかった人生だけれど、余生をこんな田舎で過ごすのも悪くない。アリシア一家も、村人たちも、ルイスを暖かく歓迎してくれている。あとは、俺自身が自分の道を見つけなければなるまい。


 ――コンコン。

 ふいに扉の叩かれる音がした。


「どうぞ」

 と声をかけると、ゆっくりと扉が開かれる。


 アリシア・カーフェイだった。

 彼女も風呂上がりのようで、柔らかい金髪を下ろしている。いつも着ている戦闘服などとは違い、可愛らしいパジャマ姿ですこしドキッとしてしまった。下世話な話、出るところがはっきり出ているのである。


 ルイスはこほんと咳払いした。


「どうした。こんな夜更けに」


「いえ、ルイスさんとお話したくなって。ご迷惑でしたか?」


「いや。そんなことはないが。――ま、座れよ」


 そう言って自分の隣を手差しする。

 アリシアははいと返事すると、ゆっくりとそちらに腰を下ろした。


「どうですかこの村は。馴染めそうですか?」


「すげえ良いとこだと思うよ。みんな優しいし、俺みたいな怪しい奴をすぐに泊めてくれてよ。帝都じゃありえねえだろ」


「……なら良かったです。ルイスさん、不安で眠れないんじゃないかって心配してたんですよ」


「……ガキかよ俺はよ」

 小さい声で突っ込むと、改めてアリシアの瞳を見据える。

「ありがとな。俺なんかを案内してくれて」


 アリシアもえへへと笑った。


「ルイスさんは良い人なんですから、当たり前です」


 それから、やや言いにくそうにもじもじした後、意を決したようにルイスを見た。


「あ、あの。明日から、お父さんと一緒にお仕事するんですよね?」


「ああ。一応そういうことになってるが……」


「もしよろしければ、私もご一緒させてくれませんか? ギルドみたいに、ルイスさんと戦ったり冒険したりしたいです……!」


「……いや、俺ゃあ構わねえが……」


 というより、断る権利がない。

 そもそも彼女の父が言い出した話だ。泊めてもらっている俺に否やのあろうはずもない。


「おまえ、本当にたいした奴だよな……」


 ――自分の実力はわかってるだろうに。

 とは言わなかったが、アリシアはすべてを察したようで、またえへへと笑う。


「なにもしないなんて嫌ですから。へっぽこな私ですけど、最低限できることだけは成し遂げていきたいんです」


「そうか……」


 昔の自分にそっくりだと思った。


 生まれてから一度もレベルが上がらない。どんなに努力しても報われない。必死に勉強してもランクが上がらない。


 それでも――腐らずに自分を高め続けてきた。


 なにもできない自分だからこそ、すこしでも特技を増やしておきたかったから。


 だから痛いほどにわかってしまった。現在のアリシアの気持ちが。


「……大丈夫だ。おまえなら、きっと強くなれる」


「……え?」


「俺はおまえの頑張りを知ってる。ギルドにいた頃も、俺の見えねえところで魔法の練習してただろ?」


「はい……」


「安心しろ。こんな俺だって強くなれた。おまえもいつか……絶対に報われるときがくるはずだ」


「ルイスさん……」

 アリシアは両目の雫をごしごしと拭った。

「強くなれるでしょうか……こんな、なにもできない私でも……」


「ああ。おまえにはアルトリアさんの血が流れてるじゃねえか」


 言いながら、ぽんとアリシアの頭に手を乗せる。


「また一緒に頑張ろう。これでもブラッドネス・ドラゴンのときはおまえがいなきゃ勝てなかったからな」


「もう、ルイスさんは……」

 涙目になりながらも、いつもの調子のいい声を発する。

「……まったく。ルイスさんには女たらしの傾向がありそうですね」


「は?」


「いえ、なんでもないです」

 それから再び、えへへと元気に笑ってみせた。

「ありがとうございます。ほんとはちょっとだけ諦めかけてたんですけど、ルイスさんのおかげで元気が出ました。もっともっと頑張りたいと思います……ルイスさんのように」


「はは、俺なんかの真似してもロクなことにならねえぞ?」


 ルイスはふっと苦笑を浮かべる。


 ――と。


「も、もどかしいのう……いつになったらキスするんじゃ……?」

「駄目ですよあなた。こういうのは段階があるんです……!」


 ふいに扉の奥からヒソヒソ話が聞こえてきた。


「……はあ」


 ルイスはため息をつくと、無言で立ち上がり、勢いよく扉を開いてみせた。


「あっ!」

「きゃっ!」


 ――バタン!

 アリシアの両親――アルトリアとフレミアが、前のめりになって倒れてきた。いつからかは不明だが、やっぱり覗き見していたようだ。


「お、お父さん、お母さん!?」


 アリシアも顔を真っ赤にして立ち上がる。 


 ルイスはアルトリアを見下ろし、ひきつった笑みを浮かべた。


「泊めてくれてることには感謝するが、かといって覗き見してもらっちゃあ困るぞ? なぁ?」


「こ、これはのう……む、娘を心配する親心というかそのう……」


「その割にはずいぶん楽しそうな声だったが?」


「む、むむむ……。あ! 巨大な魔獣の気配じゃーーにげろぉーー!」


 そう言って逃げ出していく。


「ったく……」


 ルイスは後頭部をかきむしる。あれは絶対、楽しんでいただろう。


 ――このようにして、田舎生活の初日は幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画像のクリックで作品紹介ページへ飛べます。 さらに熱く、感動できるような作品にブラッシュアップしておりますので、ぜひお求めくださいませ! 必ず損はさせません! i000000
― 新着の感想 ―
[気になる点] アリシアたんも覚醒してほしい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ