冒険者ギルド、溜まっていく依頼に撃沈する
――その頃、冒険者ギルドでは――
「ど、どうなってるんだ……なぜここまで魔獣退治の依頼が増えてるんだ……」
そう呻くのは、冒険者ギルドマスターのライアンだ。目前には、ギルドカウンターに堆く積まれた書類の山。これがすべて魔獣退治の依頼だ。全部で二百件は超えるのではなかろうかという依頼が、一日のうちに押し寄せてきたのである。
――ガチャン。
ふいに、ギルドの扉が開かれた。
Bランク冒険者のバハートだ。
さっきまで魔獣と戦っていたのだろう、ひどく満身創痍である。レザーコートなどあちこち破れているし、火炎を吐く敵と戦ったためか髪がただれている。
「はぁ……はぁ……依頼、達成してきたぜ……」
「そりゃあご苦労さん。報酬はちょっと待ってくれよ」
労いの言葉をかけながら、ライアンはくいっと書類の山を親指で示した。
「お、おいおい、なんだそりゃ!?」
目線をそちらに移したバハートがぎょっと目を見開く。
「まさかそれ全部、魔獣退治の依頼じゃないだろうな!?」
「ご名答。ちょっと休んだら、今度はコレを頼むぜ」
「じょ、冗談じゃないぜまったく……」
「これだけじゃない。薬草の採取とか、道案内とか、簡単な依頼もそこそこ来てる。おまえさんはBランクだから、悪いが魔獣退治を優先してもらいたい」
「はっ、そんなもん、あの《不動のE》に任せておきゃ……あ」
そこでバハートは口ごもった。
そう。
雑務の押しつけ役だったルイス・アルゼイドはもうギルドにいない。
しかも彼は雑務にかけてはベテラン級の腕前を発揮していたようだ。薬草の生えている箇所をいちはやく察知したり、魔獣のいないルートをあらかじめ調査しておき、無駄なく道案内していたり。
現在、その雑務は新人のEランクに任せている。
だが、あまりにも手際が悪すぎて帰ってくるのが遅い。その間に別の依頼はたまるわ、魔獣退治は増えるわで、冒険者らは相当の激務に追い込まれていた。
本来ならば、新人冒険者には長年勤務している冒険者が付き添うのが慣わしだ。
だが魔獣退治は緊急度が高い。遅れれば遅れるほど被害が広がるおそれがある。そこそこ腕の立つ冒険者は、どうしてもそちらに派遣せざるをえない。
――ありがとうな。
去り際にルイス・アルゼイドの残した言葉が脳裏に蘇る。
ありがとうって、実際に世話になっていたのはこちらのほうだ……と、そこまで考え、ライアンはぶんぶん首を振った。
――ありえない。あいつはあくまで穀潰しだった。
ライアンは思考を切り替え、ごまをするような声を発した。
「頼むよ。Bランクのおまえは貴重な戦力なんだ。頑張ってほしいんだよ……」
人手不足である以上、嫌でも頭を下げなければならない。いまはひとりでも退職者が出たら困るのだ。
「はっ。仕方ねえな。装備整えてくるから、ちょっと待っててくれ」
「ああ。頼む」
ライアンが礼を言うと、バハートはくるりと背を向け、ギルドを後にしようとする。
と、その瞬間。
「おいおい、なんだよこの空気はよ」
聞き覚えのある声とともに、新たな人物が扉から姿を現した。
「ひっ」
入れ違うところだったバハートが情けない声をあげ、そして驚愕の声を発する。
「ま、まさか……レスト様! 帰ってこられたんですか!」
レスト。
その名前に、ライアンもはっと顔をあげる。
レストと呼ばれた青年は、飄々とした態度でバハートの肩をばんばんと叩いた。
「おう。いま帰ったぜ。いやー、さすがに巨人兵ギルガーグはひとりじゃ手こずったぜ」
「い、痛い! ギ、ギルガーグって天災級の魔物じゃないですか! あんなのをお一人で倒されたんですか……?」
「んあ? 当然だろよ。他人がいたら《バトル》がつまんなくなる」
「バ、バトルって……」
バハートが呆れたようにため息をつく。
――レスト・ネスレイア。
帝国に三人しかいないSランク冒険者のひとり。
その実力は語るべくもない。C~Aランクの冒険者が束になっても勝てなかった難敵を、たったひとりで討伐せしめた逸話もあるほどだ。
その彼が、ようやく帰ってきた――
ライアンはぱっと立ちあがると、数段トーンの上がった声を発した。
「レスト! いいところに来た! 見てくれよ、こんなに依頼が――!」
「しっ! 静かに!」
レストはふいに人差し指を口にあてがうと、真顔に戻り、瞳を閉じた。
「感じる……感じるぜ……またとんでもねえ化け物が湧いてきてやがった」
「へ……?」
「なあライアンのおっさん。最近、やたらと魔獣が湧いてるみてえだが、なんでか知ってるか?」
「い、いや、俺が知りたいくらいだが……」
「そっか」
そこでレストは目を開けると、にこっと快活な笑みを浮かべた。
「どうやら、遠くのほうでまたとんでもねえ化け物が現れたみてえだ。じゃ、そっち行ってくるぜ」
「ま、待て! すこしは話を――」
「じゃあな、他の依頼は頼んだぜぇ!」
話も聞かずにギルドを飛んでいってしまう。
――あんた、さっき巨人兵と戦ってきたばかりだろうが――
そう突っ込む暇もなかった。
「んー、こほん」
ライアンは咳払いをかますと、再びバハートに目を戻した。
「……そういうわけだ。おまえさんたちは、やっぱりこの書類の山を頼む」
「はぁ……」
――ルイス・アルゼイド。
彼が戻ってくればすこしは楽になるのに……
そう思いながら、肩を落とすライアンとバハートだった。




