おっさん、まだまだ成長します
ルイスはすうと息を吐くと、鞘から太刀を引き抜いた。
そのまま持ち手を交差させて構えると、やや腰を落とし、アルトリアの出方を伺う。
「おお……!」
周囲の村民がどよめきを発する。
「すげえ、何者だあいつ……!」
「そういえば見たことねえ顔だよな……」
思いもよらない賞賛の声に、ルイスは思わず笑ってしまう。
――構えだけ一丁前。
多くの者はそれに気づかず、ルイスに過剰な期待を寄せているようだ。
凄腕の元冒険者アルトリア、そして彼と突然試合を行うことになった壮年の剣士――たしかに、これだけ聞けば期待するのも無理はない。ただひとり、事情を知っているアリシアだけは、人垣のなかで真顔である。
だが――もうひとりいた。ルイスの上っ面を見抜いた者が。
「……まあ、やはりEランクか」
老年の剣士アルトリアは、周囲の喧噪に反し、冷静にルイスと対峙する。
「……ハンデをやろう。剣は使わない。素手で戦うから、存分にやり合おう」
「はは……。さすがですな……」
年甲斐にもなく寒気を覚えてしまった。
この余裕。
気迫。
ルイスも欲しかった。
「ではいくぞ! 覚悟せい!」
アルトリアが裂帛の怒声をあげた、その瞬間。
「うぐっ……!」
腹部に強烈な痛みを感じ、ルイスは呻き声を発する。視線を下向ければ、おそるべきスピードで距離を詰めたか、アルトリアの右拳がルイスの腹部にめり込んでいた。
「は、はえェ……!」
そう言うのが精一杯だった。体勢を整えることもできない。呆気なく後方に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
速すぎる……!
とても七十を過ぎているとは思えない……!
「ちっ……くしょう……!」
かすれ声を発し、よろめきながらもなんとか立ち上がる。
たった一撃喰らっただけで、もう満身創痍だった。まともな呼吸がままならない。膝がガクガク震え、立つことだけでかなりの労力を要する。
ふと視線をずらせば、ぽかんと口を開け、静まりかえった村民たちが見える。さっきまで歓声をあげていた者たちも、一瞬にしてテンションが落ちたか、苦々しげな表情だ。
「あ、あれ……?」
「ひょっとしてあいつ、弱い……?」
「ま、まあ、アルトリアさんが強すぎるだけだよ。きっとそうさ、はは、ははは」
「だから僕の言った通りでしょ! あのおっさんは弱いんだ! えへへ!」
あからさまな態度の変わりっぷりに、ルイスも苦笑を禁じえない。
「どうですか、アルトリアさん。これが俺の実力です。戦ってもいいことなんかない。もう、辞めにしましょう」
「……どうしてだ」
「え?」
「どうして真の実力を隠す。おぬしは持っているはずだ。まだ見ぬ力を」
「…………」
さすがに驚いた。
本当にとんでもないおじいさんだ。それすら見抜くとは。
「にも関わらず、おぬしは自分を卑下しすぎだ。さっきも言っただろう。道を見つけるまではずっと家にいていいのだ。なにも急くことはない」
「…………」
それは。
それは、俺がもう枯れたおっさんだから。自分の存在自体が間違っていると思っているから。
こんなむさいおっさんが、暖かい家庭にいつまでも居座っていいわけがないから。
ここで《無条件勝利》を使用すれば、たしかに形勢逆転できるかもしれない。
だが、いまアルトリアを倒すことになんの意味がある。命を賭けた戦いでもない。だったら……いつも通り、軽蔑されたままでいい。名声にも名誉にも興味はない。
「ルイスさん!」
ふいに名を叫んでくる者がいた。アリシア・カーフェイだ。
「さっきも言ったじゃないですか! ルイスさんは、自分で思ってるよりずっとすごい人です! だから――もっと自分を大切にしてください!」
「アリシア……」
「うむ。ここで手を抜くのは剣士としても無礼にあたるぞ」
アルトリアがにやっと笑う。
「ルイスよ。おぬしはたしか四十歳だったな?」
「ええ、そうですが……」
「ワシにしてみれば、その歳とてひよっこにすぎん。まだまだ人生は長い。諦めるには早すぎるのではないか?」
「……はは。まあ、あなたにしてみれば、俺なんかひよっこでしょうけども……」
「見せてみろ、ルイス。おぬしの本当の力を」
「…………」
息を大きく吸い、吐き出す。
「わかりました。そこまで言うのなら――お見せします」




