おっさん、ギルドの限界を知る
――どうしてこうなった。
ルイスは乾いた笑みを浮かべながら、周囲の光景を見渡した。
リッド村。大広場。
剣を構えるルイスとアルトリアを、大勢の村人が囲んでいる。わーわーと歓声をあげ、老若男女問わずそれはもうとんでもない熱気だ。静かな村だから、ささいなことでも盛り上がってしまうというこか。
……さすがは辺境の村、恐るべし……
――アルトリアと剣の試合をする。
そう決めた途端、話が猛スピードで村人らに広まっていったらしい。
その第一人者がリュウだ。
彼が大声で宣伝しながら村を走り回り、あっという間に村人全員に知れ渡ったようだ。見れば、商店を放置してまで来ている村民もいる。
まさにとんでもない活気だ。
だが、村人がここまで興奮するのは、ただ《剣の試合をするから》というだけじゃない気がする。
「アルトリアさーん!」
「頑張ってー!」
多くの村人が、アルトリアに向けて歓声を浴びせている。こちらも老若男女問わない。彼はリッド村でも人気者のようだ。
「いしし。おじさん頑張っちゃうよぉ?」
アルトリアは下品な声とともに村人に手を振ると、改めてルイスに顔を戻した。さすがに苦笑いを浮かべている。
「……すまんな。さすがにこうなるとは思わんかった」
「人気者なんですな。アルトリアさん」
まあ、彼は元Aランクだ。剣の腕前は語るべくもないし、しかもこの陽気な性格だ。好かれるのもわかる。
おそらくだが、困っていた村民を何度か助けてきたのだろう。だからこその信頼度だ。リュウに至ってはアルトリアが尊敬する人物とでもいいように、目をきらきらさせながらこの老年の剣士に見入っている。
だからこそ気になる。いったい、これほどの人物がなぜギルドを辞めたのか。
「…………」
アルトリアはすうと息を吐くと、ふいに真顔に戻った。
「ルイスよ。ひとつ、話しておきたいことがある」
「はい?」
「おぬしが気づいているかどうか知らんが、現在、不吉な魔手が帝国に忍び寄っておる。この村も何度か、魔獣に襲われた」
「なんですと……!」
思わず目を見開いてしまう。
不吉な魔手……
そう聞くと、先日に帝都を襲来した、魔獣の群れ、そしてブラッドネス・ドラゴンを思い出す。
「おぬしも知っていると思うが、ギルドは帝国の傘下に置かれておる。……となると、いくら人民を救うための組織とはいえ、その活動に制限が生じるわけだな」
「つまり、事件に他国が関わっていた場合、ですか……」
「ほう」
今度はアルトリアが目を見開いた。
「よくわかったな。身に覚えがあるのか?」
「ええ。ちょっとだけですが……」
かのプリミラ皇女も言っていた。
最近、隣国――ユーラス共和国に不審な動きがあると。先日の帝都襲撃はその隣国が絡んでいる可能性があると。
ユーラス国とは表向き友好的な関係を築けているが、それはあくまで建前だ。もし仮に隣国がなんらかの工作をしていたとして、帝国傘下の組織がそれをとっ捕まえる……そうなれば間違いなく戦争の第一歩になりうる。
だから慎重にならねばならない。いくらその工作が極悪非道であっても、短絡的な行動によって、その後多くの死者が出てしまうから。
「ワシも数年前からユーラス共和国の動きに気づいておった。やっと犯人を捕まえられるところまでいったのだ。だが――」
「それを、ギルドの幹部が止めたってことですか」
「そういうことだ。皮肉なものだろう? 本来は人民を守るはずの組織が、己の自己保身のために停滞しておるのだ」
「…………」
まあ、そのギルドの幹部の判断が間違っていたというわけではない。そうして戦争が起きたら事である。
だが、黙って見過ごすわけにも絶対にいかない。実際にも、先日はブラッドネス・ドラゴンを召還してまで帝都を滅ぼしにかかったのだ。このままでは多くの被害者が出る。
「……だからワシはギルドを辞めたのだ。この組織では人を救えない。ならばこそ、辺境の村に移り、ひとりでもできることをやるのみだ」
「……なるほどな」
似ていると思った。
多くの人を助けたいという、その気持ちだけは。
「で、その話が試合となんの関係があるんですか」
「ふふ。それとこれとは関係ない。年老いたジジイのお楽しみっていうだけだよ」
おちゃらけた笑みを浮かべるアルトリア。
ルイスも若くはない。その台詞が嘘だとは気づいたが、それを指摘する必要もないだろう。
「……わかりました。では、いきますよ」
20話の後半部分を加筆しました。
(なぜだかそこだけ抜け落ちていたので、21話への繋がりが急だったと思います。申し訳ございませんでした)




