おっさん、暖かい家庭に歓迎される
――数分後。
アリシア家の居間にて。
「この節は大変失礼致しました」
アリシアの母親が、にっこりと微笑みながら、顔の前で両手を合わせた。
「私たち家族三人、普段はおしとやかなのですが、スイッチが入るとあのようになってしまうのです。許してくださいね」
「ははあ。スイッチ……ですか……」
後頭部をさすりながら、ルイスは微妙な表情を浮かべる。
まあ、言われてみればアリシアもそんな人物だ。いつもはどこにでもいる普通の女性だが――ちょっと変なところもあるものの――魔法を詠唱するときだけ無駄なスイッチが入る。
そういう家族、ということか。
ルイスに、アリシアとその両親……
現在、居間にはその四人が居座っていた。テーブルにはお茶と簡単なお菓子が並べられている。
ずいぶんとにぎやかなものだ。――自分の家族とは違って。
「そういうことだ。わはは。許せ許せ!」
「うおっ!」
バンバン!
ふいに、隣に座っていたアリシアの父親が豪快に背中を叩いてくる。
「なんでも行き先に困ってるというじゃアないか。それなら家に泊まっていくがいい。何日でも、何年でも構わんぞ」
「えっ……い、いいんですか?」
交渉する前に了承が降りるとは。
「ああ、いいんですよ気にしないで」
驚愕するルイスに、アリシアが補足を入れてくる。久々に親に会えたからか、いつもより幸せそうな顔だ。本当に嬉しいんだな。
「昔からそうなんですよ。捨てられた子どもだったり動物を、なんでも構わず泊めてあげる……それが、私たちカーフェイ家なんです」
なるほど、さっき大人数の声が聞こえたのはそういうことか。
アリシアの言葉に、父親が力強く頷いた。
「うむ、そういうことだ。おぬし、名をなんという?」
「ルイス。ルイス・アルゼイドです」
「……ルイスか。やはり見覚えがあると思っていた」
「へ?」
「ワシはアルトリア。アルトリア・カーフェイだ」
「ア、アルトリア……!」
やや大きな声を出してしまう。
アリシアの家名からなんとなく聞いたことがあると思っていたが、まさかアルトリアだったとは。
アルトリア・カーフェイ。
ルイスも直接会ったことはないものの、凄腕の剣士だったと聞いている。ランクAにして皆から頼られていたにも関わらず、突然ギルドを辞め、当時はかなり騒ぎになったものだ。
もちろん、その騒ぎのなかにルイスはいなかったし、元々Aランクなど雲の上の存在だ。万年Eランクのルイスにはあまり関わりのなかった話でもあり、すぐに記憶から薄れてしまったが。
「おぬしも話は聞き及んでいる。《不動のE》……たしかそんなふうに呼ばれておったな?」
「ええ……恥ずかしながら」
「どうだギルドは。狭苦しい場所だっただろう。本来は人々を助けるための職でありながら、みな己の地位と名誉だけを求め、仲間同士での潰し合いやなど日常茶飯事だ。ルイス。おぬしもさぞ疲れたことだろう」
「…………」
「いまはゆっくり羽を休めていい。それから後に、自分の道を見つけなさい」
「……ええ。ありがとう、ございます」
アルトリアの言葉には不思議な重みがあった。
なにしろ、つい先日四十歳を迎えたばかりのルイスに対し、アルトリアは七十にも迫ろうかという高齢なのだ。貫禄が違う。
そしてまた、高齢の割には、アルトリアにはすさまじいバイタリティがあった。背筋などピンと伸びているし、たくましく伸びた口髭、力強い眼光は、まだまだ元気であることを思わせる。
「そういうことですから、ルイスさん。いつでもいていいですからね」
ルイスの母親は再び両手を合わせると、にっこり笑ってみせた。
「私はフレミアと申します。フレミア・カーフェイです」
「はは。よろしくお願いします」
ルイスも深く頭を下げた。
父親がおじいちゃんであるのに対し、フレミアはかなり若かった。年齢的にはすくなくとも三十代後半であるはずだが、外見的に二十代といっても差し支えがない。よほど見た目に気を使っているのだと思われた。アリシアといい、このへんの美貌はもう家系なのか。
第一印象はともかくとして、いまのフレミアはとても落ち着いていた。ルイスの湯飲みが空になると、いちはやく察知し、次のお茶を注いできてくれる。気配りが半端ない。
「フレミアさーん! フレミアさぁん!」
ふいに、居間の戸を勢いよく開けてくる者がいた。
子どもだ。さっきアリシア家で多くの子どもを養っていると言っていたから、その一員か。
「リュウくんがおもちゃをひとりじめしてるの! どうにかしてよ!」
「あらあら。リュウくんはどこにいるの?」
「二階の遊び部屋!」
「わかったわ。いま行くから、一緒についてきてね」
「うん!」
フレミアはルイスたちに視線を戻すと、軽く頭を下げた。
「では、私はこれで。ルイスさん、困ったことがあったらいつでも言ってくださいね?」
「え、ええ……」
再びにっこり笑うと、そのまま居間を退室していってしまう。
……なんというか、どんなときでも常ににっこり笑っている気がする。なんか、安心できるというか。
「そうだろう!?」
ルイスの考えを読んだのか、アルトリアがまた豪快に背中を叩いてくる。
「しかも胸も大きい! あれは最高だぞ! おぬしも、触りたかったらいつでも触るがいい!」
「いや、そりゃあ駄目でしょう……」
「む? そうか。おまえはもうアリシア一途なのか」
「はあ?」
「もう、なにを言ってるのよお父さん!」
顔を真っ赤にするアリシアに、アルトリアがわははと大きく笑う。
「そんなに気にするなよ。見て思っただろう? ワシとフレミアもかなり歳が離れておる。おぬしらのようにな」
「た、たしかに……」
ならばこそ気にかかる。
いったいどのようにして二人は出会ったのか。アルトリアも見た目は男前だが、年齢という壁があまりにも大きい。
「ところで娘よ。どうだ。ギルドは辞めたのか?」
「……うん。私の実力じゃ、ちょっと無理だった」
「そうか。まあ、そりゃあなぁ」
そこでなぜかアルトリアはちらりとルイスを見やる。
「道はいくらでもある。ゆっくりでいい。焦ることなく、自分の道を見つけなさい」
「うん。ありがとう……」
「うむ。大事な娘だからな。どれ、胸もだいぶ大きく――ぎゃはっ!」
アリシアの鉄拳によって、続きの言葉は遮られた。
――というかアルトリアは胸が好きなのか。俺と似ているのかもしれない。
と不覚にも思ってしまい、ルイスはぶんぶんと首を横に振る。
そのまましばらく歓談が続いた。
アルトリアに、いまは退室してしまったフレミア。
なかなかに濃い人物だが、なぜアリシアが両親を《良い人》だと推していたのか、なんとなくわかった気がする。こんな暖かい家庭を、ルイスは見たことがない。帝都では見られない、のどかな光景ともいえた。
いきなり黙り込んでしまったからだろう。ふいにアルトリアがルイスに目を向けた。
「ん? どうしたルイスよ」
「いや……良いご家庭だと思いましてな。俺ごときが迷惑をかけるわけにはいきません。すぐに新しい道を見つけて、このご恩を返したいと思います」
「……そうか。まあ、その志は立派だが……」
アルトリアはしばらくルイスを見つめていたが、数秒後、なにを思ったかいきなり立ち上がる。
「ルイスよ。どうだ、ワシとやり合ってみないか」
「え……」
「剣の試合だ。おぬしもその太刀を使うんだろう?」




