おっさんは子どもが苦手です
「わー、アリシアお姉ちゃんだ!」
「おかえりぃ!」
「いやん。迎えに来てくれたんだねぇ君たち!」
アリシア・カーフェイが、満面の笑みとともに子どもを抱き上げる。女の子は黄色い声をあげ、男の子はやや照れながらアリシアとじゃれあっている。っていうか、どさくさに紛れてアリシアの胸を触っている子どもも一名いた。ずいぶんとませている。
――リッド村。
それが、アリシアの住んでいた故郷の名だ。
帝都とは違い、緑の豊かな村だ。面積の大部分は田畑で占められ、ときおり聞こえる牛の鳴き声がなんともいえない情緒を醸し出している。商店や家屋はやや殺風景で、お洒落とはほど遠いが、それがまたルイスの心に響いた。これも歳を重ねてきた証拠かと思い、ルイスはひとり苦笑を浮かべる。
そんなリッド村の入り口――外周部は低い柵で囲まれている――で、小さい子どもたちがアリシアを出迎えたわけだ。
ちなみに、ここまでは馬車で来た。皇女プリミラが気を利かせてくれたのである。人の足では数日もかかるので、非常に助かった。
「あ、おじちゃんだーれー?」
ふいに、ひとりの男の子がルイスを指さした。
「ルイス・アルゼイドだ。よろしく頼む」
「るいす……? アリシア姉ちゃんの彼氏?」
「なっ……にを言ってるのこの子は!」
アリシアがびくんと身を竦ませ、顔を蒸発させる。
――こんなことでいちいち動揺するとは若いな。いや、逆を言えば俺の感性が枯れただけか。
「あのね、私とルイスさんは恋人じゃなくて……えーっと、そのう……」
アリシアは返答に窮したのか、救いの目をルイスに向けた。
「そうだな。アリシアは仕事場で俺の相棒だった。それだけだ」
「あいぼう? それって恋人となにが違うの?」
「…………」
――いちいち言葉の意味を説明しろってか。
正直面倒くさいので、ルイスは無理やり話題を変えた。
「ま、そりゃあ大人になったらわかるさ。ともかく、今日からよろしく頼む」
そう言ってルイスは片手を差し出した――のだが。
男の子はすっと真顔になると、逃げるようにアリシアの背後に回り込んだ。
「…………まじかよ」
がくっとうなだれてしまう。
まあ、昔から子どもには好かれなかったけども。いったい俺のなにが悪いというのか。
子どもというのは時に残酷なものだ。傷ついたルイスの胸を、次の一言でさらに抉ってくる。
「おじさん、なんか弱そー」
「ぐっ……!」
まあ、それも間違いではない。
《無条件勝利》がなければ、ルイスはゴブリンとほぼ同格の戦闘力しか持ち合わせていない。そしてまた、その《無条件勝利》の詳細をルイスは知らないのだ。
「こらリュウ!」
アリシアが慌てたように男の子の名を呼ぶ。
「駄目よ人の悪口言ったら! お母さんから教わってるでしょ!」
「えー、だってぇ……」
もじもじする男の子。
ルイスはひきつった笑みを浮かべながら、リュウとやらに向き直った。
「いや、いいんだ。おまえは思ったことを言っただけだろう? なにも間違っちゃないさ」
「でしょ!? おじさん弱そうに見えたもん!」
急に誇らしげに胸を張る。
「そうだ。よくわかったな。たいしたもんだ」
「へっへー、俺、大きくなったら冒険者になるのが夢なんだ! そしたらおじさんも守ってあげるからね!」
「はは。そりゃあすごいな。頑張れよ」
――あとアリシアの胸あんまり触るんじゃないぞ。
とは言わないでおいた。
★
「ルイスさん、あの、すみません……」
子どもたちが去ったあと、アリシアは苦々しい顔で頭を下げた。
「あの子たちも、いつかルイスさんの良いところに気づくと思います。ですから、その……」
「はっはっ。変な奴だな。なんでおまえが謝るんだよ」
「だって……」
「あのリュウって子は間違ったことは言ってねえ。俺がたいしたことねェ奴だってのはおまえだって知ってるだろが」
「そんなことありません!」
アリシアは自身の両手をぎゅっと握りしめると、首を横に振った。
「ルイスさんは、自分が思ってるよりずっとすごい人です。《無条件勝利》スキルを抜きにしても、私は……! わ、わたしは……」
そこでなにかを言いかけたが、結局は思いとどまったようだ。
ふうと息を吐くと、気を取り直したように前方に視線を向ける。
「……とにかく、私の家に行きましょう。前にも言いましたが、お父さんもお母さんも、本当に良い人ですから」
「……ああ。そうだな」
微妙に気まずい空気を引きながら、ルイスはアリシアの案内についていった。




