隠れ英雄、帝都を去る
ルイスはしかと皇女の視線を受け止めた。強い眼力だ。言っていることは嘘ではあるまい。
ルイスはこほんと咳払いをかますと、同じく決然と言った。
「ええ。私ももうすぐ四十になります。このままギルドを脱退し、別の形で夢を叶えたいと思います」
――困っている人々を助けたい。
それが昔からのルイスの願望だった。
だが、それはギルドに所属していなくてもできることだ。
いままでのルイスにはなんの芸もなかった。ギルドを通して依頼を請け負うほうが、効率も良いしやりやすかっただけである。
この答えを皇女は予期していたようだ。小さな声で反論してくる。
「……あなたは強大な力を手に入れ、帝都を救いました。いままで小馬鹿にしてきた連中を見返すことができるんですよ? そうすれば、嫌がらせだって――」
「皇女様。失礼ながら、そう簡単にはいかないかと思います」
「え……」
「たしかに見返すことはできるかもしれません。でも……それで人間関係が改善されるとは思わないのです。きっと、これまで以上に気まずくなるでしょう」
「そう、ですか……」
ギルドに戻って、散々見下してきた奴らに仕返しして、ボス的な存在になる――
たしかに、やろうと思えばできるかもしれない。
でもそんなのは御免だ。ルイスの性格には合わないし、かの勇者エルガーも、強者にして謙虚な人物だったという。
皇女プリミラは力なく両の眉を垂らした。
「残念です。あなたほどの人材が帝都から離れるなんて……」
「ギルドからいなくなっても、私のやることは同じですよ。もし帝都が危機に陥ったときは、すぐにでも駆けつけます。――ですから今回の件は、民衆には知らせないでください」
「わかりました……。それだけでも嬉しいです」
今回の魔獣襲撃にしても、根本的な解決には至っていない。なぜ敵は《隠し通路》の呪文を知っていたのか、そしてどうやって古代竜を召還したのか……それらはいまだ不明のままだ。
今後、帝都が再びテロに遭う可能性は充分に考えられる。
皇女は深々と頭を下げると、弱々しくも笑みを浮かべた。
「みなが知らずとも、あなたは英雄です。なにか困ったことがありましたら、いつでもいらして下さい。できる限りの協力をしたいと思います」
「はは。こちらこそありがとうございます」
ルイスも頭を下げた。
「でも、これからどうするのです? いままでギルドの寮で暮らしていたのでしょう? 行く宛はあるのですか?」
「えっと、それがですな……」
頬を掻きながら、ルイスは視線を泳がせる。
「え、もしかして考えてないんですか?」
「はい。これだけ言っといてなんですが、なにも決めてません」
まあ、《無条件勝利》というチートスキルも入手したことだし、野宿でもいけなくはないだろう。
なんとかなるはずだ。
……たぶん。
「はあ。ルイスさんってたまにそういうとこありますよね」
隣のアリシアも呆れ顔だ。
「それなら、私の実家に来ませんか? お父さんもお母さんも良い人ですし、快く受け入れてくれるはずです。一緒に暮らしましょう」
――は?
「お、おいおい、馬鹿言うんじゃねえよ」
思わず声のトーンが高くなってしまう。
「おまえまでギルドを辞めるつもりか? 俺ゃあともかく、おまえはまだ若いじゃねえか」
「無理です。ルイスさんがいなくなったら、私の腕前では生き残れません」
ルイスはしばらく口を開けたまま、なにも言えなかった。
――こいつはなにを言ってるのか。
別に俺についてこなくても、冒険者なんて他にわんさかいる。
彼女は美人だし、組みたがる男はそこそこ多いはずだ。魔法の実力は残念賞だが。
そんなルイスの思考を読んだかのように、アリシアはぽつぽつと話し始めた。
「たしかに男性から声をかけられたことは何度かあります。……でも、彼らは私を仲間とは思っていません。私はあくまで《女》でしかないんです。だからずっと、断り続けてきたんです」
「…………」
「でもルイスさんは違いました。こんな私でも冒険者として見てくれて、必死に守ろうとしてくれて……」
「…………」
「ですから、ルイスさんが脱退するなら私もそうしたいんです。そうするしかないんです」
「……ふむ」
彼女の実家に住む。
正直いって、魅力的な誘いではある。ルイスだって屋根の下で眠りたいし、綺麗な女性と暮らしてみたいという願望もある。
断る理由がなかった。しばらく世話になって、行く宛が見つかったらそこに移ればいい。
「……わかった。ちょっとだけ世話になってもいいか」
「もちろんです!」
実に嬉しそうに即答するアリシアだった。
★
サクセンドリア帝国。
冒険者ギルド本部。
「えーそれではァ」
ギルドの受付を務める男が、さも面倒そうに書面を読み上げた。
「ルイス・アルゼイド殿。貴公は今日をもって四十歳を迎え、にも関わらずEランクであることから、誠に遺憾ではあるが、ギルド規定により……」
「ぷぷっ……」
「だっせえ……」
周囲の冒険者たちが、嘲笑の声をあげる。
ルイス・アルゼイドの、冒険者としての契約破棄。その現場見たさに、多くの冒険者がギルドに集まっていた。
「アリシア・カーフェイも同時に辞めるんだってよ。そういや二人とも仲良かったよな」
「ふん。底辺同士お似合いだぜ」
多くの軽蔑の視線に囲まれながら、ルイスはいままさに、ギルドを追い出されるところだった。
「ぷぷっ……」
ふいに、さっきまで書面を読み上げていた男が、耐えきれなくなったかのように吹き出す。
「あーっはっはっは! ちょっと勘弁してくれよ! 笑っちまって最後まで読み上げられねぇよ!」
「「ぎゃはははははは!」」
それに釣られ、他の冒険者たちも盛大に笑い出す。
男はひとしきり笑い終えると、改めて小馬鹿にした顔をルイスに向けた。
「まー要するにだ、おっさん。おまえがあまりに使えねぇからクビってこった。今日から無職だなぁ。ま、せいぜい頑張れよお?」
「……ああ」
ひらひらと差し出された書面を、ルイスは慎み深く受け取った。
「長い間、世話になった。――ありがとな」
「へ、ありがとう?」
すっと笑いをおさめる男に、ルイスはくるりと背を向けた。
「俺はこれで失礼する。じゃあな」
――かくして、帝都を救った英雄、ルイス・アルゼイドはギルドを追い出され、田舎に移住することになる。
だがこのとき、多くの者は知らなかった。
帝都――いやサクセンドリア帝国そのものを取り込まんとする、凶悪な陰謀が蠢いていたことを。
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