おっさん、成長する
「グオオオオオッ!」
ブラッドネス・ドラゴンが悪魔の胴間声を甲高く響かせる。
近くにあった木々が――雑草が――音圧によって激しく後方に反っていく。普段鍛え上げている兵士たちも、たまらず両耳を抑えた。
そんな巨大竜の咆哮にも、万年Eランクの底辺冒険者――ルイス・アルゼイドは微動だにしなかった。ただ決意を込めた瞳でもって、ブラッドネス・ドラゴンの攻撃に集中している。
果たして。
ブラッドネス・ドラゴンは大口を開けると、雄叫びとともに漆黒の球体を放出した。
ブラッドネス・ダークホール。
喰らった者の精神を丸ごと飲み込む大技に、心なしか周囲の空間が黒ずんでいるように見えた。
「おおおおおっ!」
ルイスも叫声を発し、太刀でもって球体を受ける。すさまじい力と力のぶつかり合いに、再び轟音が鳴り響いた。
「ぐおっ……!」
思わず呻いてしまう。
――重い。
やはり、《無条件勝利》の連続使用は身体にいい知れない負担を強いているようだ。全身に激しい痛みが走る。ほんのすこしだけ視界が歪む。
――だが、勝てない重さではない!
「おおおおおおおっ!」
あらん限りの力を込めて、ルイスは思い切り太刀を振り払った。たしかな手応えとともに、漆黒の球体が弾き返されていく。
「グ……?」
ブラッドネス・ドラゴンが目を見開いた――ような気がした。
――ズドォン!
球体はそのまま明後日の方向に飛ばされ、途中で爆発し、消えてなくなった。
さすがに予想外だったのか、ブラッドネス・ドラゴンに一瞬だけ隙が生じた。あっけらかんと、球体の飛んでいった方向を見やっている。
いまだ!
ルイスは猛然と地を蹴り、ブラッドネス・ドラゴンとの距離を詰めた。《無条件勝利》の効果なのか、まわりの光景がかつてない速度で後方に流れていく。そのまま太刀を構え、狙いを定める。
「心眼一刀流、一の型、極・疾風――ぐっ……!」
ルイスは思わず情けない声を発してしまった。
全身にすさまじい疲労がのしかかってくる。
力が抜けていく。
視界がかすみ、ブラッドネス・ドラゴンの姿がぼやけていく。
「くそっ!」
無意識のうちに悪態をつく。
あとすこしのところで限界が訪れたようだ。
無条件勝利。
強力なスキルであるがゆえに、中年のルイスには負担が大きすぎる。さっき修得したばかりということもあり、うまく使いこなすことができなかったようだ。
突進の速度が緩んでいく。走ることさえままならなくなる。
――せめて、あとほんの少しだけでも持ってくれたら……
突如。
「汝は知るだろう。我の慈悲深さを。女神の豊沃なる力の恵みを」
聞き覚えのある女の声が、ルイスの耳を刺激した。
「我は願う。汝の大成を。――ヒール!」
あまりにも薄い光が、ルイスをそっと包み込んだ。
アリシア・カーフェイの未熟すぎる回復魔法。彼女はランク《圏外》という、他に類を見ない底辺冒険者だ。
けれど。
そのほんのちょっとだけで、いまのルイスには充分だった。
「負けないでください! 私はあなたを信じてます! ルイス・アルゼイドさん!」
後方からアリシアの熱い叫びが届いた。涙声だった。
瞬間、ルイスは感じた。
身体の底から、かつてない活力が湧起こってくるのを。
よどみない力が流れてくるのを。
「おおおおおおおっ!」
再びルイスは疾駆する。
心眼一刀流、一の型、極・疾風。
ルイスの神速なる斬撃が、立て続けにブラッドネス・ドラゴンに命中した。