それでも、おっさんたちは①
雨はまだ小雨のままだった。
相変わらずも弱々しい雫が、ルイスたちの頭に当たっては滴り落ちていく。
「――以上が、俺が帝国で経験したすべてだ」
ヒュースが自嘲気味に笑った。
「あの帝都襲撃のとき……俺はサクヤまでをも手にかけようとした。愚かな父親だよ。……いや、もう父と名乗れる資格すらないのかもな」
「…………」
ルイスもアルトリアも、もうなにも言えなかった。
テロリストとして、ヒュースの犯した罪は図り知れない。帝都における魔獣襲撃はもちろんとして、それ以外にも多くの命を殺めてしまった。たとえレストたちに操られていたといっても、その罪が癒えることはあるまい。
だから安易に慰めることはできなかった。
それができるのは、彼女――サクヤ・ブラクネスしかいない。
「なるほどな……。これで合点がいったよ」
数秒後、ルイスは腕を組んだ姿勢で口を開いた。
「帝都襲撃のとき――あんたはサクヤだけは殺さなかった。いや、殺せなかった。レストに心を乗っ取られていてもなお、それでもわずかに良心が残っていたんだな」
「……どうだかな」
「そうだと思うぜ? 俺はそもそも結婚してねえからわからんが……父親としての情がすこしはあったんだろ」
「…………」
そしていま、娘のサクヤ・ブラクネスは皇帝の側近として多くの命を殺めてしまっている。
すべては帝国のために。母国に住む人々のために。
たとえ《悪者》と罵られようが、それでも帝国のために戦おうとしている。
「あんたら親子は……どこまでもそっくりだのう……」
アルトリアが悟ったように笑った。
「ヒュースよ。もしサクヤを止められるとしたら、それはおまえさんしかおるまい。父親にしかできぬ責務じゃろう」
「ははは……父親か……」
ヒュースは小さく天を仰いだ。
「本音を言えば、ちょっと怖いよ。いまさらあいつに、どんな顔で会えばいいのか……。でも、逃げるわけにはいかないんだな」
「うむ。スパイだなんだといっても、本当は愛しいんじゃろ? 可愛くてしょうがないんじゃろ? 自分の娘が。そうでなくば、あのときサクヤをとっくに殺していたじゃろうて」
「…………」
「おまえさんはいままで誰かに操られていたかもしれんが――これからは自分の意志で生きるんじゃ。おまえさんならできるはずじゃ」
「自分の意志、か。そうだな。いまからでも……遅くはねえか……」
「そうじゃよ。年齢を理由に諦めることはない。……って、どうした、ルイス?」
「ははは。……いや、なんでもないよ」
思わず苦笑いしてしまうルイス。
――なんというか、うん。
相変わらず明るいじいさんだ。一緒にいるだけで元気をもらう。そこはルイスも見習わなければなるまい。
「……じいさん、久々にアレ、やるか?」
そう言ってルイスはジョッキを持つ仕草をする。
「おお! いいことを考えるのぅ、ルイス!」
まあ十中八九、このじいさんの影響だけどな。
それにかつての宴会でも、ヒュースとは酒を飲めなかったし。
「……まあ、飲むとしても弱いやつだぞ? 状況が状況だからな」
「わかっておるよ! そうとわかれば善は急げじゃ!」
そう言ってアルトリアはヒュースの背中をバンバン叩く。
「いてっ!」
「ヒュースよ、ともに頑張るぞい! 世界の明日のためにもな!」
「ああ……。そうだな」
気のせいだろうか。
ヒュースの表情が、さきほどよりも晴れやかになっている気がした。
最終話に向けてどんどん話が進んでおります。
もしこのキャラの掛け合いがみたい! というのがあればぜひ教えてくださいませ(ノシ 'ω')ノシ バンバン
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平凡な主人公が、調子に乗った転生者に追放される話です。