敵対者と協力者
たっぷり数秒間、沈黙が続いた。
レストもアリシアも。
サクヤも村人たちも。
魔導兵が残した光の粒子が完全に消え去るまで、皆ぽかんと立ち尽くしていた。
そのなかにあって、ルイスは警戒だけは怠っていなかった。
ここはリッド村の村民が大勢いる。サクヤに限ってあり得ないとは思うが、もし万が一人質でも取られてしまえば厄介なことになる。それに死霊球の力も未知数だ。絶対に油断はできない。
そう思って身構えていたのだが、サクヤはまったく別の行動に出た。死霊球を使って大きな鳥型の魔獣を呼び出すや、その背中に乗ったのである。
「……行くのか、サクヤ」
「ええ。本来ならあなたたちを拘束しなければならない立場ですが……ルイスさんの《絶対勝利》に加え、アリシアさんやレストさんまでいます。私ひとりでは到底敵わないでしょう」
「そうかよ……」
まあ、こちらとしても引いてくれたほうが色々と助かる。
戦うにしても、彼女の死者蘇生能力は厄介だ。周辺一帯に無用な被害を出す恐れがあるため、少なくともここでは戦いたくない。
「…………」
大きな鳥にまたがいながら、サクヤはアリシアを見下ろした。
アリシアもその視線には気づいたようだが、ぷいと目を背けてしまう。
その様子にサクヤは再び切なそうに眉を八の字にすると、
「……次にお会いするときは敵同士です。私も手加減するつもりはありません。それでは――」
と言って上空に消えていった。
「ふう……引いてくれたか……」
数秒後、レストがため息とともに呟いた。
彼もわかっていたのだろう。
この場での戦闘は負が悪いことを。
「とりあえず、いったん拠点に戻るとするかね? 色々とやるべきことが増えたみてえだ」
「ああ。そうだな……」
こくりと頷くルイス。
皇帝ソロモアの手先がいつ来るかもわからないし、再びリッド村が襲われる可能性もある。リュウたちを安全な場所に移動させるのが優先だ。
それだけではない。
今回のことで、様々なことが明らかになった。
ソロモアは他四つの宝球を蓄えていること。
サクヤ・ブラクネスが敵側についてしまっていること。
これらを踏まえ、改めて作戦を練り直す必要があるだろう。特にヒュースとは連携を密にしたい。
「そういうわけだ。アリシア……転移、頼めるか?」
「はい……。それはもちろんですが……」
そう言って深く息をつくアリシア。
「やっぱり私もまだまだですね。こんなんじゃいけないのはわかっていますが……ちょっと胸のあたりがムカムカします」
「仕方ねえさ。身内が殺されて平気な奴なんていねえだろ」
「……すみません」
ぺこりと頭を下げるアリシアを宥めつつ、ルイスたちはいったん拠点に転移するのだった。
★
霧の大森林。
その奥地に存在する小さな洞窟。
アリシアの魔法により、ルイスたちはその場所へと一瞬で転移した。
「わ、わわわ……!」
「こ、ここは……!?」
突然の出来事に、リュウとミュウが目を白黒させる。相当に興奮しているようだ。
「ここが俺たちの一時的な拠点だ。狭いが我慢してくれや」
「きょ、拠点……。秘密基地みたいでかっこいいかも……」
「はは。まあたしかに秘密基地みてえなもんだな」
実際、帝国軍からの監視を逃れるにはうってつけの場所だといえるだろう。相変わらず周囲には敵の気配もない。
のだが。
「う、うーん。ただ、この大所帯には狭いかもしれませんね……」
アリシアが憂い顔で呟いた。
そう。たしかにその通りだ。
あの様子ではリッド村の住人みんなが軍から狙われかねないため、念のため村人全員をこちらに転移してきた。
小さな村といえど、人数はそこそこいる。
さすがに小さな洞窟で過ごすには窮屈だった。
「はは。なぁに、気にするなよ」
そんなルイスの杞憂を察してか、村人のひとりが笑顔とともに歩み寄ってきた。
「こちとら命を助けてもらった身だ。そのうえ安全な場所まで案内してもらって……もう充分さ。気にするなよ」
「うーん。まあ、そう言ってもらえると助かるが」
「それより良いモン見せてもらったよ。あんた、昔アルトリアさんとこに泊まっていた剣士だろ? ずいぶん見違えたな」
「そうか? よくわからないが……」
「いやいや、ずいぶん男前になったよ。伝承に伝わる勇者エルガー様に似てるっていうか」
「そ、そりゃどうも……」
「ククク。そりゃあ実際に能力を伝承してるわけだからな」
「え……?」
「こら魔王。横から余計なこと言うんじゃない」
ふうとため息をつくルイス。魔王はどの状況にあっても魔王のままだ。
と……
「――ルイス殿。待っていたぞ。アリシア殿に、ネスレイア大臣もな」
ふいに名前を呼ばれ、ルイスは肩を竦ませる。
この声。まさか……
慌てて振り向いた先には、予想通りの人物――ユーラス共和国の大統領、ヴァイゼ・クローディアの姿があった。
「あ、あんた……」
思わず目を見開いてしまう。
「どうやって来たんだ。こんな場所まで……」
「ふふ。それはいったん置いておくとして――紹介したい方々がいらしてな。ルイス殿も挨拶するとよかろう」
「あ、挨拶……?」
きょとんとするルイス。いったい誰を連れてきたというのだ。
「お、おいおい、あそこにいるの、ユーラスの大統領じゃ……?」
「んでもって、あっちにいるのはまさかロアヌ・ヴァニタス……?」
「そいつらと対等に話してるルイスやばくないか……?」
「それに、大統領の後ろにいる人たちって……」
リッド村の住人たちが口々にひそめきだす。言うまでもなく、みな驚いている様子だ。世界各地の大物が集まっているのだから当然の反応だが。
狭い洞窟内にあって、ヴァイゼや前代魔王の周囲には誰も近寄っていない。さすがに恐れ多いのだと思われた。
「――では皆様、彼がさきほど話したルイス・アルゼイド殿です。よろしくどうぞ」
ヴァイゼが後方に下がるのと入れ替わって、新たな人物が前に進み出てきた。
金色に煌めく毛髪を後ろで束ね、藍色の瞳を持つ中年の男性。着ている服が見るからに高級そうで、思わずたじろいでしまう。
――って、ちょっと待て。
この人って。
「アルガンド王国の国王……!?」
たしか書物で読んだことがある。
サクセンドリア帝国やユーラス共和国に次ぐ大国で、完全に中立を保っている国があると。
二千年前の戦争においても、帝国・共和国どちらにもつかず、慎重な体制を築いていると。
「ふふ。さすがに驚いたかな」
アルガンド国王は苦笑まじりに片手を差し出してきた。まさか握手を求めているのか。
「ヴァイゼ大統領や魔王殿に無茶を言われてね。今回ばかりは力を貸してほしいと言われたのだよ」
「…………(ルイスびっくり中)」
「中立を保ってきた我が国としては少々腰が重かったのだが……大統領の熱に押されてね。それに有能な青年がいるから一度会ってほしいと言われたのだよ。それがあなただ。ルイス・アルゼイド殿」
新作公開しました(ノシ 'ω')ノシ バンバン
天才科学者は最強賢者に転生し、ただ実験しているつもりが、無意識のうちに無双ライフを送っていた。 ~童貞は皇子から国王になり、やがて神になる~




