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絶対的な権力の果てに

 倒れた兵士はもう身じろぎもしない。

 絶命まではしていないようだが、《絶対勝利》の威力にやられてか、ぴくりとも動かない。


「…………」

 ルイスはふうとため息をつくと、リュウたちへくるりと振り向いた。

「ずいぶん心配かけたな。もう大丈夫だ。安心してくれ」


「し、師匠……」


 リュウはすっかり力が抜けてしまったらしい。

 尻餅をついたまま、ぽかんとルイスを見上げるばかりである。


 そんな彼に対し、小さな女の子――名をミュウというらしい――が茶化すように笑った。


「もう。しっかりしてよリュウくん」

「う、うるせーよ。ほっとけ」


 リュウは恥ずかしそうに唇を尖らせると、ルイスに視線を戻した。


「し、師匠。外にも危ない連中がいませんでしたか? みんな捕まってるようでしたが……」


「ああ。それなら――」


「――私たちなら、たったいま制圧が終わったところですね」


 ルイスの語尾を奪う形で、背後から新たな人物が姿を現した。

 振り向くまでもない。

 長年の相棒――アリシア・カーフェイだ。後ろにレストも続いている。


「ア、アリシア姉ちゃん……!?」

 再びリュウがぎょっと目を丸くする。

「なんで……姉ちゃん……今日までずっといなかったのに……」


「あはは。アリシアただいま帰還! ってね」


 奇妙なポーズを取りながら言うアリシア。この絶望的な状況にあっても、彼女の朗らかさは昔と変わっていない。

 そう――リッド村にいた頃とまったく同じように。


「アリシア姉ちゃんっ!!」


 そして。

 ずっとカーフェイ家に泊まっていたリュウにとって、アリシアはまさに姉のような存在だろう。いままで張りつめていた糸が切れたかのように、絶叫をあげながらアリシアに駆けていく。


「おわっと」

 そんなリュウを、アリシアは笑顔とともに受け止めた。その瞳にはやや滴が溜まっていた。

「ごめんね、リュウくん。いままでずっと留守にしてて……」


「ううん。いいけど……いいけど、寂しかった……。寂しかったよ……」


 ただそれだけを言うリュウ。

 いつも強気な彼だけれど、実はなんてことない、まだまだ子どもなのだ。毎日さぞ不安だっただろう。


 長年育ててくれたアルトリアやフレミアが不在となり、外は黒い障壁に包まれ、妙な兵士がうろついている。こんな状況を、小さな子どもがたったひとりで耐えられるわけがない。


「はは。感動の再会ってやつだな」

 そう言うレストの表情もどこか優しげだった。

「アルトリアのじっちゃんやフレミアさんも元気だよ。心配することぁない」


「え……ほんと……?」


「ああ。みんな戦ってんだ。強大すぎる敵――帝国サクセンドリアそのものとな」


「すごい……すごい、けど……」


「ん? どうしたよ」


 目を丸くするレストに向けて、リュウは――


「死んじゃったんだ。皇帝陛下に反対した人たちは……みんな……」

 


  ★



 村の北東部分には小規模な墓地が存在する。

 以前リッド村に世話になったときは来なかったが、ときおりアルトリアやフレミアが墓参りに出かけているのを見ていた。二人は村で暮らしている期間も長いから、さぞ色々あったのだと思う。


「…………っ」


 その墓地を訪れたルイスは驚愕した。

 明らかに増えているのだ。

 墓石の数が。


「そ、そんな……ミリアおばちゃん……フェイタスくんも……!」


 アリシアにさっきまでの朗らかさはなかった。

 膝を落とし、墓石の前で悲痛な声をあげる。


「アリシア……」


 そんな彼女の肩に、ルイスはそっと手をのせる。

 それくらいしかできなかった。

 どんな言葉も慰めも、人をうしなった悲しみに比べれば空虚でしかない。


 ミリア、フェイタス。

 ルイスもその名前には聞き覚えがあった。あまり関わったことはないけれど、宴会などで積極的にルイスに話しかけてくれた村人たちだ。


「クソったれが……」


 レストもやりきれなさそうな表情でアリシアを見下ろすばかりだった。


 数分後。

 アリシアの様子が落ち着いた頃合いを見て、ルイスはリュウに問いかけた。


「この人たちは……いったいどうして……?」


「外をうろついてるでっかい兵士……見ましたよね? あれにやられて……」


 でっかい兵士。

 魔導兵のことか。


「そんな危険な奴が村をうろついてるのか……」


「いえ。あいつらは普段はなにもしてきません。でも、水色の髪の兵士さんが命令したら、すごい速さで……」


「そうか……」


 これは推測でしかないが、亡きミリアやフェイタスは、皇帝ソロモアの政治に疑問を抱いていたのだろう。そこを、《水色の髪の兵士》が見かけて殺した……


「信じられねえな……」

 怒りを押し殺しながら、ルイスはこぼした。

「こりゃもう、完全な独裁じゃねえか……」


(ああ。ソロモアの最終的な狙いはそこだろう)

 アリシアやリュウを気遣ってか、レストが小声で耳打ちしてくる。

(奴が愚衆政治ぐしゅうせいじを嫌っているのは共和国こっちでも掴んでてな。このまま自分の独裁体制を築くつもりだろう)


(忌まわしいくらいに用意周到だな……)


(……しかし、魔導兵に水色髪の兵士ね……)


(ん? どうしたよ)


(いや、なんでもないさ。気にするな)


 そこまで言われると気になってしまうが、いまはそれを問いただすべきではないだろう。  


 ここは墓地。死者を悼む場所だ。


「…………」

 ルイスはアリシアに寄り添いつつ、村人たちの冥福を祈るのだった。


 ★


 数分後。

 アリシアが幾分落ち着いたのを見計らって、ルイスたちは墓地を後にすることにした。


「…………」


 いつになく無言で前を歩くアリシアが、どうしようもなく痛々しくて。

「なあ、アリシア」

 ルイスはただ、彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。


「……ふーっ」


「え?」


 パチン!


「!?」


 思わずルイスはぎょっとする。

 どういうわけだか、アリシアが急に両手で頬を叩いたのだ。


「暗いのはここまで! ここでだらだら落ち込むわけにはいきませんからね!」


 ――さっきまで悲痛に泣いていた小さな女の子は、もういなかった。


 これまでルイスとともに多くの苦難をくぐり抜けた元冒険者。

 アリシア・カーフェイがそこにいた。


「……はは」

 ルイスは思わず苦笑を浮かべてしまう。

「たいした奴だな、おまえは。底なしの元気っていうか」


「なんですかそれ。誉められてるのか馬鹿にされてるのかわかりかねるんですけど」


「ああ。どっちもだな」


「むむむ……!」


 頬を膨らませて憤慨する相棒。


 そんな様子に、ルイスは少なからず安心する。

 まだ心の傷が癒えたわけではないだろうが、彼女も立派に成長したものだ。ギルドの物陰で泣いていた頃とはなにもかもが違う。


「はっ、たいした奴だなおめぇはよ」

 そう言うレストも安堵の表情を浮かべていた。

「おまえら二人はもう、帝国でも共和国でもトップクラスの実力者だと思うぜ。実力だけじゃなくて、精神面でもな」


「ふふふ。よく言われます」


「いや、初めて言われたはずだが……」


 調子のいいアリシアにルイスはため息をつく。


「……さて」

 そして咳払いをかますと、ルイスは背後を振り向いた。

「で、おまえ・・・はそんなところで気配を消してなにをするつもりだよ。帝国軍サブリーダーさんよ」


「…………」

 背後にあった気配がびくっと動く。

「――なるほど。やはり気づかれていましたか……」


 そして姿を現したのは。

 水色の髪を肩のあたりで切り揃えた、顔馴染みの軍人――


「さすがですね。皇帝陛下が警戒されるのも道理でしょう」


 ヒュース・ブラクネスの娘にして帝国軍のサブリーダ――サクヤ・ブラクネスだった。


 

 

文字数ってこれくらいがちょうどいいんですかね?(ノシ 'ω')ノシ バンバン

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