懐かしい村と懐かしい人々
はじめ、ルイスたちはリッド村へ向かうこととなった。
アリシアの生まれ故郷にして、追放されたルイスがお世話になった村でもある。かつては宴会を開いたり、アルトリアと剣の試合をやってみせたり……様々な思い出が詰まった場所だ。
まず間違いなく、ソロモアはこの場所を狙うだろう――それが、ヴァイゼ大統領の意見だった。
下手に人質を取られれば、アルトリアやフレミアの牽制にもなってしまう。だから一番最初に行くべき場所とのことだ。
ルイス。
アリシア。
レスト。
以上の三人は、多くの仲間に見送られ、転移術を用いてリッド村に足を運んだ。
「うお……」
ルイスは思わず顔をしかめる。
変わり果てたリッド村が目の前にあったからだ。
まず、周囲の空気が明らかに黒ずんでいる。絶宝球による《闇色の壁》が影響しているのだと思われるが、以前のようなほのぼのとした空気はない。豊富に生えていたはずの植物は、青色に変色し、妖しげな雰囲気を醸し出している。
――帝国の空気はすっかりおかしゅうなってしまった。リッド村だけではない。すべての地域が奇妙な妖気に包まれておる――
さっき、アルトリアがそう言っていたのを思い出す。
宝球という異次元の力を展開させてしまったことにより、帝国そのものが負の圧力に飲み込まれてしまっているようだ。皇帝ソロモアの圧政は、こんなところにまで悪影響を及ぼしている。
「ひどい……これは……」
アリシアも相当のショックを受けた様子だ。
すっかり忘れていたが、帝国の住民はなにを思って過ごしているのだろう。リュウや皇女プリミラ、他の者たちは……
「お、おい!? あれは……!」
ふとレストが小声で囁いた。ある一点を指差している。
そちらの方角へ目を向けたとき、ルイスは思わずぎょっとした。
――機械兵。
一言で表すならば、そんな奇妙な兵士が村を巡回していたからだ。
青銅色の兜に、同色の鎧。
不気味なことだが、防具の継ぎ目に人の身体が見えないのだ。兜と鎧の間は空洞になっているし、剣を握っているはずの手も見当たらない。
もはや人ではない、機械のような兵士がそこにいた。
「な、な、なななんですか、あれは……?」
「わからねぇ。古の文献に載ってた《魔導兵》と似てはいるが……」
「ま、魔導兵……?」
「ああ。むかしユーラス共和国と戦争してたとき、帝国が使役した化け物だ。終戦と同時に使われなくなったはずだが……」
そこでルイスはちらりとレストを見やった。
帝国のスパイはふうと息をつき、首を横に振る。
「あんなもんを造ってたんなら、さすがにスパイの段階で気づくさ。ここ最近になって急速で精製したんだろうな」
なんと。
さすがにそれは常軌を逸している気がするが。
「う、嘘だろ……? そんなことできんのか……?」
「できねえな。絶宝球にしても、物を精製する力はないはずだし……」
どういうことだ。
帝国はまだ俺たちが知らない力を隠し持っているというのか……
もし魔導兵までが国内をうろついているのだとしたら、住民はさぞ不安に包まれているに違いない。
「――ま、考えるのは後だ」
ルイスは一歩前に踏み出し、アリシアとレストを見渡した。
「いまは村人の救出を優先しよう。リュウたちがさらわれる前にな」
「そ、そうですね……!」
「よぉし、いっちょおバトルしに行くかな」
ルイスの呼びかけに、闘志を高める二人だった。
★
奇妙な連中が現れたのはつい最近のことだ。
大人たちが言うには、リッド村は《特別指定地域》とやらに属しているらしい。いざというときのため、ここを見張っているのだと――あいつらは言っていた。
だが、そんなことは、リッド村の幼き男児――リュウにとってはどうでもよかった。
事態はよく飲み込めないが、周囲一帯がなんだか不穏な空気に包まれた。空は黒ずみ、地面には見たことのない野草が生えている。そしてまた、外にはおぞましい化け物が村を巡回している。
これを受けて、リュウは大人たちから外出を禁止された。ずっと匿ってくれていたフレミアはもういないから、いまは村の大人たちが面倒を見てくれている。ここしばらくは、民家にこもりきりの生活だ。
「はぁーあ。なんだか、つまんなぁい」
地面に寝そべりながら、少女――ミュウが投げやりに言った。
リュウと同い年で、カーフェイ家でともに暮らしていた孤児でもある。
「仕方ないじゃんか。外見ればわかるだろ。いまは危ないんだ」
「えー、そんなこと言ったってさぁ。つまんないもんはつまんないじゃん」
そう言っておもむろに上半身を起こすや、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ねぇ。あのヘンテコな兵士さんに石投げたらどうなるかな? ちょっとやってみよ――」
「駄目だよ。危ないだろ」
「えー。でも……」
「でもじゃない。いまはおとなしくしよう」
かつて、リュウ自身も好奇心で村の外を飛び出したことがあった。
いまでも忘れられない。
姉のように慕っていた女性――アリシアからの優しくも厳しい言葉を。
いまの僕にはなにもない。
大人みたいに力があるわけでもないし、師匠――ルイスさんのように頭がいいわけでもない。悔しいけれどそれが現実だ。
でも、せめて、ここにいる友達くらいは守ってみせたい。べらぼうに強かったルイスさんのようにはなれなくても、僕にできることはそれくらいだ。
「……なんかリュウくんって、やっぱり大人っぽくなったよね。あのるいすって人を真似してるの?」
「ぎく」
図星をつかれた。