敵の足掻き
「な、なんだ……?」
ルイスは思わず目を見開いた。
たったいま聞こえた巨大な爆発音。その後に続いた地鳴り。
不吉な予感を禁じ得ない。
考えたくはないが、もしかしたら……
そんなルイスの憶測に応えるかのように、前代魔王ロアヌ・ヴァニタスが口を開いた。
「フム。再び絶宝球が使われたようだな」
「わ、わかるのか」
「まあな。絶宝球の邪悪なる波動など……忘れたくても忘れられんよ」
「…………」
と、ふいに。
ルイスたちの脳裏に、聞き覚えのある声が鳴り響いた。
《こちらヴァイゼ。ルイスたちよ、聞こえるか》
「あ、ああ。聞こえるが……」
《いまの爆発を見ただろう。悪鬼ソロモアはとうとう、絶宝球でもって国をひとつ滅ぼしたようだ》
「なに……!?」
冷たい衝撃が頭からつま先までを貫く。
では、いまの轟音はソロモアの仕業だったというのか。時間にして数秒、たったそれだけの間で、百万を超える人々が命を落とした……
《消滅した国はおそらくリーナ王国……。小さき国ではあったが、帝国の圧政に異を唱えるわずかな国であったと記憶している》
「ってことは……さっきの演説を聞いたリーナ王国が、俺たちの味方をしないように……」
《そうだろうな。実質、見せしめだといえよう》
剛胆にして冷静沈着なヴァイゼ・クローディアも、このときばかりは声が震えていた。
《これはある意味で私の責任と言えよう。私がかような演説をしなければ、リーナ王国が絶宝球に巻き込まれることはおそらくなかった》
「そ、そんな!」
アリシアが慌てたように口を挟む。
「絶対的に悪いのはソロモア皇帝じゃないですか! あなたはなにも……!」
《ふふ。なに、慰めは不要。権力を得て心を失う。それが一国の長というものだ。いまさらなにを思うでもない》
「ヴァ、ヴァイゼさん……」
《なんにせよ、こちらはこちらで勢力の拡大を狙う。おまえたちは準備を整え次第、王城に突入してほしい》
「お、おう……」
小さく頷くルイス。
ヴァイゼ大統領に対し、かける言葉が正直見つからなかった。
年齢こそ同じくらいだが、こちらは底辺のおっさん、あちら様は一国の大統領。なにもかもが違いすぎる。
数秒だけ黙考したあと、ルイスは小声で言った。
「大統領。あんたのことは少ししか知らねえが、元は平凡な庶民だったと聞いてる。それが一気に頭角を現して、政治界のトップに躍り出たってな」
《ほう……?》
「だから、その、なんだ。応援してるよ。俺なんていまでも庶民だからな」
《……なんだ、それは。慰めのつもりか》
「さあな。自分でもなにが言いてェのかわからなくなってきた」
《ふん。貴様という奴はどこまでも奇妙な男だな……》
「それがルイスさんですから」
隣でぼそっとアリシアが陰口を叩いたが、面倒なのでスルーしておいた。
と。
「な、なんじゃ……!?」
アルトリア・カーフェイがかっと目を見開いた。
彼だけではない。
この場にいた誰もが、突如の出来事に驚愕する。
ゴゴゴゴゴゴ……という轟音が鳴り響き、地面が激しく揺れ出したからだ。またソロモアがどこかの国を滅ぼしたのかと思ったが、今度は爆発音が聞こえない。いったいなにが……!
《な……んだと!!》
ヴァイゼ大統領が驚きの声を発したことに、ルイスは仰天する。いつも平静な彼が取り乱すとは……まさに尋常ではない。
だが洞窟に身を潜めているルイスたちには、なにがなんだかよくわからない。
「なんだヴァイゼ。なにが起きた!」
《サクセンドリアの王城だ! 王城を見ろ!》
「お、王城だって……?」
「あ、私、映しますね!!」
そう言ってアリシアは杖を取り出し、魔法を発動させた。
緑色の輝きとともに、巨大な白い靄がルイスたちの眼前に出現する。かつてロアヌ・ヴァニタスが魔物界でやってみせたような、別の場所をリアルタイムで映す魔法だ。
そこには見覚えのあるサクセンドリア王城が映されていた。そしてその上に、漆黒の天空城のようなものが……
――天空城?
「な、なんだこりゃあ!!」
ルイスは無意識のうちに大声を発していた。
王城の上空に浮かび上がるようなかたちで、漆黒の城が出現していたのだ。周囲を取り巻く虹色の波動がどこか魅惑的で、そして禍々しい。万人を寄せ付けぬような、圧倒的なまでの邪気を感じる。
サクセンドリア王城も相当に巨大だが、あの天空城はそれをも上回る気がした。
《聞け! 世界に住まうすべての人民よ! 余は世界の帝王、ソロモア・エル・アウセレーゼである!》
ふいに男の声がルイスの脳裏に響きわたった。ヴァイゼ大統領と同じく、魔術師の力を借りて、全世界の人々に発信しているのだと思われた。
《余はたったいま、ヴァイゼ大統領の愚かなる声明に対し、明確な抗議を行った! かねてより我が国に反抗心を抱いていた、リーナ王国の消滅である!》
「くっ……!」
フレミア・カーフェイの表情が悔しさに歪んだ。
《余に反するならば好きにするがよい! だが賢明なる諸君は忘れてはいまい! 絶宝球の圧倒的なる力を!》
「こ、この野郎が……!」
レストも憎々しげに天を睨んだ。
《改めて宣言しよう! ヴァイゼの側についたところで、この神の力の前にひれ伏すのみだということを! 反して、余につくと決めた国々に対しては、僭越ながら報酬を差し上げようと思う! どちらが得であるか、もはや火を見るより明らかであろう! 諸君の賢明なる判断に期待する!!》




