多勢に流されない強い信念
隠し通路。
その言葉を聞いたとき、ルイスは帝国の井戸を思い出す。
初めて帝国が魔獣の襲撃を受けたとき、傷ついた魔獣はみな井戸に逃げ込んでいた。緊急避難先としてそちらに逃げているだろうと誰もが思っていたが――実はその井戸は、王城へと繋がる隠し通路だった。
もちろん、そのまま普通に進んでも王城には辿りつけない。行き止まりの壁にぶつかるのが関の山だ。それを突破するには、専用の呪文を唱えなければならない。
そして書面を見る限り、隠し通路は他にもあるようだ。
「マ、マジですか……」
思わず感嘆の息を吐くルイス。
これほどの隠し通路が存在するなんて、古い文献にも記されていなかった。つまりはそれだけの機密事項だということだ。
そんなものを、よく入手できたものだ――
「ふむ? もしかして、あなたは……」
いままでずっと黙りこくっていたヒュース・ブラクネスが、ふいに口を開いた。
「フレミア・カーフェイ殿ですかな? 元軍人の……」
「あら。私のことを知っているのですか?」
「娘があなたのことを慕っておりましてな。あなたのように芯の強い女性になりたいと、常々申しておりました」
「そうですか……。それは光栄なことです」
両手を合わせ、にっこり笑顔を浮かべるフレミア。いつも思うが、この人、戦場に出ると斧を振り回すんだよな。やっぱり想像できないわ。
この地図を持っているのも、たぶん元軍人という伝手があるからだろう。そうそう簡単に入手できる代物ではないはずだ。
ルイスはフレミアに目を向け、頬を掻きながら言った。
「フレミアさん……ひとつ、聞いてもいいですか」
「はい。なんでしょう」
「その……あなたが軍人を辞めたのも、今回のことと関係あったりするんですか?」
「あー……。はい。そうですね」
彼女はアルトリアをちらりと見ながら話を続ける。
「辞職した理由は、だいたい夫と同じです。神聖共和国党の策謀に対し、皇帝はなにもしませんでした。私がその真意を問いただしても、《いまはまだそのときではない》と……」
「なるほど……」
「……私はいまでも覚えています。皇帝がときおり見せる、悪魔のような瞳を……。かつて冷酷と呼ばれた私でさえ、怖気が立ったほどです」
そして皇帝に不信感を抱き、軍を去ったということか。
なるほど。こんなところでも繋がってたか……
「そんな折、同様のことで悩んでいる冒険者の方を見つけまして。それがいまの夫――アルトリア・カーフェイだったということです」
「そういうことでしたか……」
つまり皇帝の計略はその当時から進んでいたということになる。
自分は絶宝球という絶対的な力を身につけ、近隣の中小国をも味方にまわし、世界のすべてを掌握せんとする……あまりに恐ろしい陰謀が。
そしてそれは成功してしまった。
いまでは皇帝に刃向かえる者はごく少ない。周囲の近隣国も、ユーラス共和国の人民でさえも、皇帝の策謀に呑み込まれてしまった。
と。
《諸君、ご機嫌よう! 私はユーラス共和国の大統領、ヴァイゼ・クローディアである!!》
ふいに、聞き覚えのある声が洞窟内に木霊し、ルイスは身を竦めた。
この声。
また音響魔法を使って世界中に発信しているのか……?
ちらりとレストを見やると、彼は真顔でこくりと頷いた。これもヴァイゼの計画の一部らしい。
《たったいま重要な情報が入ったので、世界の諸君らにもお伝えしようと思う! 帝国の幹部どもはすでに知っているだろうが――我々の有志が、帝国への侵入に成功した! 絶宝球という絶対的なる力をも打ち破ったのである!! これより我々は、悪鬼ソロモアを成敗しにいく所存である!》
「こ、こりゃあ……宣戦布告か……?」
目を見開くルイスに、レストは苦笑いを浮かべながら言った。
「違うさ。たぶん、ジジイの狙いは他にある」
「他に……?」
ルイスが戸惑っている間に、再びヴァイゼの声が鳴り響いた。
《諸君に問いたい。皇帝ソロモアは本当に正義なのか? 二千年前、世界中に魔手を伸ばした帝国を信用してもいいのか? なにより諸君らは、多勢に流されて強者についていっているだけではないのか!?》
うお。
すごいな。
なんというストレートな物言いだ。
《いま帝国へ侵入している有志も、みな固い信念を持っている! どれほど不利な状況であろうとも、正しいことを貫こうとする勇者たちだ!》
《私は諸君に問いたい。このまま帝国の言いなりになっていいのか? 諸君らも薄々感づいているだろう。これまでの一連の流れは、すべて皇帝ソロモアの陰謀である!》
《だから私は願っている。諸君らにわずかでも正義の心が宿っているならば――どうか、悪鬼に惑わされず、私とともに戦ってほしい!!》
――三章 完
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【最強の浮浪者 ~追放された勇者は、辺境で居候になる~】
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