無事再会できたことに祝福を
霧の大森林。
かつてギュスペンス・ドンナと激戦を繰り広げ、そして辛くも勝利した場所。
あのときと同じように、再び森林には濃密な霧が漂っていた。見上げんばかりに高い木々、遠くを見通せない濃霧は、まさしく昔のままだ。
――懐かしい。
不釣り合いながらもそう感じてしまう。
「うおっ!?」
「なんだ……ここは……?」
そしてこの場所に、神聖共和国党やギルドメンバー、レストなど、大勢の連合軍が一斉に転移してきた。すべての者が油断ならない目で周囲を見渡している。
ここに登場する魔獣はたしかに強いが、冒険者ランク換算でDかC程度だ。彼らなら苦戦することもあるまい。
また帝国軍の存在も気がかりではあったが、すくなくとも近辺には誰も潜んでいないようだ。まあ、こんな辺境の森を監視する意味なんてないだろう。
そして――
「ふう……」
この場所に案内した老年の剣士は、ほっとしたように額の汗を拭っていた。
「無事に転移できたみたいだの。これで一安心じゃ」
そしてくるりと振り向き、娘に向けてにかっと笑った。
「強くなったな、アリシア……。こんな大人数を一気に転移させるなぞ……凄腕の魔術師でもそうそうできまい。ランク《圏外》だった頃が嘘だったみたいじゃの」
「お、お父さん……」
娘はゆっくりと父に歩み寄る。瞳には心なしか滴が浮かんでいた。
「無事……だったんだ……。私、ずっと、心配で……」
「ほっほ。ワシがそう簡単にくたばるわけなかろうて。あの《闇の壁》が出現したときはさすがに肝を抜かれたがの」
「よかった……本当に……!!」
泣きこくる娘の頭を、アルトリアはそっと撫でた。
彼女が涙を流すのも無理はない。
魔物界に強制転移されてから、アリシアはずっと言いしれぬ不安を抱えていた。帝国が絶宝球に呑み込まれたことで、家族や故郷がひどい目に遭っていないか――さぞ心配だったろう。
その心痛は察するにあまりある。
「アルトリアさん……お久しぶりです……」
そう話しかけたのは、Sランク冒険者――ミューミ・セイラーンだ。
いまでこそ辺境の村で暮らしているアルトリアだが、元はAランクの冒険者。両者が見知った顔なのは至極当然である。
「アリシアさんは本当にすごい魔術師ですよ……私じゃ、もう歯が立たないかと……」
「はっは。Sランク殿にそこまで言わしめるとは娘も成長したもんじゃ。どれ、胸は――」
「お、お父さん!!」
「ぎゃふ!」
アリシアの鉄拳を喰らい、アルトリアは宙高く飛んでいった。
戻ってきた頃には、彼は頭から地面に突っ込み、下半身だけをピクピクさせていた。
「はは……あんたら親子も変わんねえなぁ……」
ミューミの隣で、レストが苦笑を浮かべる。
「い、いつつ……」
アルトリアは涙目で全身を叩くと、ジト目でアリシアを見やった。
「ツッコミもレベルアップしているとは……さすがに予想外じゃった……」
「こんなときに変なことをするお父さんが悪いんです!!」
「むぅ……。これが親離れというやつかのう……」
アルトリアは悲しそうにシクシク泣くと、今度はレストを見下ろした。
見下ろした――という表現になるのは、レストが右胸をおさえ、片膝をついている姿勢になっているからだ。
「これまた懐かしい顔じゃの。いや……前より随分と瞳が澄んでおるな。レスト、なにか良いことでもあったかの?」
「へへ……どうだかな。大方、そこにいるおっさんの影響だぜ」
そう言ってルイスを手差ししてくるので、ルイスは思わず「え? 俺?」と呟いた。
構わずレストが話を続ける。
「ここにいる奴らは最初、みんな敵同士だったよ……。互いが互いを憎み合っていた。けど……ルイスのおっちゃんに引っ張られて、ここまで来られたんだ……」
レストの言葉に、ヒュースやバハートがうんうんと頷いていた。
前代魔王もわざとらしく首を縦に振っている。
「う、うーむ。まさかとは思ったが、そこにいるのはやっぱり神聖共和国党じゃったか……。しかも魔王まで……」
呆れ顔でため息をつくアルトリア。
「まあ、それは追々聞くとして――。ルイスよ」
そしてルイスに目を向けると、ゆっくりと片手を差し出してきた。
「まずは、こうして無事会えたことに感謝する。心配しておったぞ……我が家族よ」
「じいさん……」
そうして、男二人、久々に握手を交わすのであった。