おっさん、戦地へ出向く
無意識のうちに呼吸が早くなる。
緊張のあまり手足が震えるが、しかし、先陣を切る自分が動じるわけにはいかない。
――かつて訪れたことのある、帝国へと通じる軍門。
ルイス・アルゼイドはそちらへ向け、一歩、また一歩と近づいていった。
ヴァイゼ大統領によれば、帝国側は逐一この場所を監視しているのだという。両国を結ぶ国境門なので、それも当然の話であろう。
そして。
「クク。帝国では今頃パニックであろうな」
ルイスの隣で歩を進めるのが、前代魔王――ロアヌ・ヴァニタスだ。言うまでもなく、前代魔王は帝国では恐怖の存在として知られている。
この二人が共和国方面から侵入してくる……
これだけで、帝国には相当のプレッシャーを与えることができるだろう。これもヴァイゼ大統領の策だ。
前代魔王の言う通り、帝国は現在大騒ぎになっているだろう。こうして相手に絶宝球を使わせるのが目的だ。
「…………」
ルイスは改めて、闇色に包まれた帝国をまじまじと見つめる。
懐かしい。
そんな感情が沸き起こってくるのは筋違いだろうか。
自分が生まれ、そして四十年もの間、喜怒哀楽をともにした生まれ故郷。
それがまさか、こういった形で帰ってくることになろうとは。
当時はそれこそ、自国こそが正義だと思っていたから。
みんな元気だろうか。アルトリアやフレミアも、健在であれば良いが……
「ルイスよ」
ふいに、ともに歩く前代魔王が声をかけてきた。
「二千年近く、我も様々な人間を見てきた。その多くは、己や己に近しい者の利害しか考えていない者ばかりだった」
「…………」
「ルイスよ。貴様とエルガー・クロノイスだけは違った。かつて敵対してきた者さえも歩み寄ろうとしたのが……貴様らだ」
そう。
かつてルイス自身も思ったが、相手を悪と断じるのは、まさに自分の価値観でしかないことが多い。
ルイスも昔、散々迫害されてきた。
冒険者ギルドにとってはルイスが《悪》だっただろうし、ルイスもギルドの連中をずっと妬んでいた。
でも、いまはどうだろうか。
バハートとやみんなとも、現在は友好的な関係を築けている。
結局は、互いが互いを遠ざけ、理解しようとしていなかっただけだと思う。
「ルイスよ」
前代魔王が話を続ける。
「二千年前、エルガーは志半ばで倒れてしまった。さぞ悔しかったと思う。出たくもない戦争に出向き、本当は殺したくない相手と戦う……その葛藤は想像するに余りある」
「…………」
「ルイス。貴様ならなんとかやっていけそうな気がするよ。かつて勇者が背負いきれなかった重責でも、貴様ならば……な」
「はん。でかすぎる責任だなそりゃ」
だが、逃げるつもりは毛頭ない。
俺がやらねば――誰がやる。
「ルイスよ。ともに生きて帰ろう。死ぬなよ」
「……お互い様にな。あんたこそ、死ぬんじゃねえぞ」
「もちろんだ。……我は定位置に出向く。達者でな」
★
同時刻。
帝都サクセンドリアの王城にて――
皇帝ソロモアは、にやりと笑みを浮かべ、目前に表示されている映像を見やっていた。
そこに映るは、中年の冒険者、ルイス・アルゼイド。
決意をこめた瞳でもって太刀を構えている。
帝国の魔術師が映し出した、国境の様子だ。
「やはり現れましたな。最要注意人物……ルイス・アルゼイド」
隣に立つ大臣が小声で呟いた。
「うむ。やはり余の思った通りであった……」
五百人あまりの《無条件勝利》使い。
その壁を突破して、奴はここまでやってきた。
やはり侮りがたい人物だ。
「陛下、どうなさいますか。やはり……」
「そうだな。それしかなかろう」
こくりと頷くソロモア。
五百もの《無条件勝利》を破ってきたのであれば、そこいらの戦士を派遣しても歯が立つまい。
周囲に被害は出てしまうだろうが、こちらも最高の攻撃でもって出迎える必要があろう。
「《絶宝球》を発動せよ。あの大馬鹿者に、力の差を知らしめるのだ」
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