嵐
「はは。変わんねえよなぁ、あんたもよ」
片腕で額を覆いながら、レストがおかしそうに言った。ミューミも同様の反応を示している。
「仕方ないですよ。これがルイスさんですし――はむっ」
横から茶化してきたアリシアの頬をつまむ。
「おまえだって、そのすぐ遊びだす性格、変わってねえだろが」
「あ! ひどい! ルイスさん言いましたね!」
「あーもう。いちいち騒ぐなよ」
「ばーかばーか。ルイスさんのばーか」
「て、てめェって奴は……」
「は、ははは……」
ルイスとアリシアが言い合っているのを、Bランクの冒険者――バハートがどこか懐かしむような瞳で見つめていた。
「どうした。バハート」
そんな彼に、ひとりの帝国冒険者が話しかける。かつてルイスたちを馬鹿にした冒険者のうちひとりだ。
「いや、まぁな……。あの二人、いまでも変わんねぇんだなって思ってよ」
「ん?」
「ルイスもアリシアも、ただひたすらに前向きだったよな。俺たちがなにを言っても……自分なりにこなせることをやろうとしてた」
「ああ……うん。そうだったな……」
「絶宝球なんて、俺なんか怖くてしょうがないのによ。でもあの二人は、相変わらずあんな調子だ。……はは、そりゃ、差つくよなぁ」
「…………」
「ああ、悪い悪い。しけた話はなしだ。いまは俺たちも頑張ろうぜ。あの二人のようにな」
――数分後。
「各、話はまとまったかな」
ヴァイゼ大統領が声を張り上げ、一同が静まり返る。
しん、と落ち着いた空気のなかで、ヴァイゼはこくりと頷いた。
「全体の指揮は私が取らせてもらおう。あの狡猾なるソロモアのことだ。こちらの動きなどとうにお見通しであろう。各人、油断せぬようにな」
「おう!」
威勢のよい返事を投げる一同だった。
★
――同日、午後四時。
帝都サクセンドリアの王城、謁見の間にて。
「ご報告申し上げます!」
兵士の声が大きく響き渡る。
「ユーラス共和国の制圧は、ただいま四割がた完了しております。抵抗する者もいるようですが、帝国側の犠牲はほぼ皆無となっております」
「……ふむ」
頬杖をつきながら、無感情に頷く皇帝ソロモア。
「なお、ヴァイゼ・クローディアやレスト・ネスレイアなど、要注意人物はいまだ姿を見せぬ模様。一部では、すでに自害したのではとも囁かれております。報告は以上です!」
――なんとも稚拙だ。
ソロモア皇帝は眉をひそめながら、ぎろりと兵士を睨みつける。
「奴の策にはまるな。ヴァイゼがそう簡単に引くわけがなかろう」
「も、申し訳ありません。ただ、そういう話が広まっているのは事実でありまして……」
「それが危険だと言っているのだ。油断は敗北を生む。貴様が他の兵士に発破をかけよ」
「し、承知致しました! 申し訳ございません!」
そう言うなり、そそくさと退散していく兵士。
ソロモアはふうとため息をつくと、ちらりと窓の外を見やる。
帝国の外周部に広がる闇の壁。
これがある限りは、何人たりとて自国に侵入することはできない。
よしんば突破できたとしても、数々の《無条件勝利》の使い手や、他の中小国の兵士、そして絶宝球がこちらの手にある。
これだけの好条件が揃っている以上、負けるわけがない――
自国ではすでにそんな空気が蔓延しているようだが、これこそが危ないのだ。たった一瞬の出来事で、形勢が一気に逆転することもありうる。そんな民衆どもを正しく導くのが、皇帝の役目でもあるのだが。
「皇帝陛下……」
ふいに、隣に立つ大臣が眉間に皺を寄せながら言ってきた。
「静かすぎるとは思いませんか? あのヴァイゼがなにもしてこないとは考えにくいのですが……」
「うむ。必ずなにかしら手を打ってくるはずだ。おまえも万全の体制を――」
「ご、ご報告申し上げます!」
ソロモアの言葉を破り、さきほど退散した兵士がまたしても姿を現した。心なしか、さきほどよりも表情に焦りが見て取れる。
「…………」
その様子に、ソロモアは否応なしに嵐の予感を覚えた。
「国境付近で、最重要人物が現れました! ルイス・アルゼイドです!」
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