決戦へ向けて
そういえば、とルイスは思う。
初めて絶宝球が現れたとき、ルイスたちは魔物界に転送されてしまった。
その後、あの場所でなにが起こったのか――結局わからずじまいである。
そんなルイスの思考を読みとったのか、ヴァイゼ大統領はフフと笑って言った。
「あの後はかなり混乱してな。誰が味方で誰が敵なのか……まったくわからぬ状況だった。それをひっくり返したのは、帝国方面から現れた連中だ」
「帝国からの……」
そこまでを聞いて、ルイスははっとする。
「もしかして、《無条件勝利》使いどもかよ?」
「おう。よくわかったな」
そう返事をしたのは、Bランクの冒険者――バハートだった。ずいぶん懐かしい面子である。
「あいつら、俺たちも問答無用で襲ってきたからよ! マジで意味わかんなかったぜ」
「そうなのか……」
皇帝ソロモアにとって、冒険者ギルド程度の戦力はいらないということか。《無条件勝利》に《絶宝球》まであるのだから。
「それだけじゃねえ。俺はたしかに見たぜ。帝国を包む、気味の悪ぃ壁をな」
言いながら、バハートは後方に控える冒険者たちを振り返る。
だいたい百人程度か。
何人かはルイスの見知った顔もいる。かつては散々こちらを馬鹿にしてきた面々だが、さすがにもうそのような態度は取られない。
黙りこくるルイスに向けて、今度はヒュースが言葉を継いだ。
「そういうこともあってな。そこのミューミに、全員、この場所に転送してもらったのさ」
なるほど。
ミューミであれば、魔導具さえ用いれば複数人の転移も可能だろう。
「で、だ……。そこにいるのは、やっぱり……」
ヒュースがおそるおそると言った様子で前代魔王を見やる。
「ぜ、前代魔王だよな? 俺が前に召喚した……」
「クク。久しぶりだな。かつてはよく我をこき使ってくれたものだ」
にやりと悪い笑顔を浮かべる魔王。
いつも通り、不気味である。
ヒイッ、と変な声をあげるヒュースに、魔王はおかしそうに肩を竦めた。
「気にするでない。とうの昔に、我の呪いは消えておろうが」
「……ああ、うん」
ヒュースはこほんと咳払いをして落ち着きを取り戻すと、小声で話を続けた。
「それが謎だった……。プリミラ皇女に一時解放されるときには、すでに悪夢も見なくなってたしな……」
「その通り。当時の我は、貴様の稚拙な召喚術のせいで知能を失っていたからな。貴様がテロ行為に及んだ事情を知って、呪いを消してやったのだよ」
「そ、そうだったのか……。それはまあ、すまないことをした……」
後頭部に手を当て、ぺこりと頭を下げるヒュース。
前代魔王はそれに対し、ふふふと変わらず不気味な笑い声を発している。
まあ、これで仲直りといったところだろうか。よくわからないが。
ルイスはこほんと咳払いすると、バハートに視線を戻した。
「……それで、事情を知って、レストたちに協力してるってわけか」
「ああ。俺ゃあびっくりしたぜ。まさか皇帝陛下があんな野望抱えてるたぁな」
「…………」
その気持ちはルイスもわからないではないでもなかった。
神聖共和国党やヴァイゼ大統領がしでかした罪を思えば、彼らを決して全面的に肯定することはできない。
けれども、それらの悪事の根本にはソロモア皇帝がいたのだ。
見逃すわけにはいかない。絶対に。
冒険者ギルド、そして神聖共和国党。
かつて敵対してきた連中だが、彼らが仲間になればかなり心強いだろう。いまはすこしでも戦力が欲しいところだ。
「で、だ」
ルイスはヴァイゼに視線を戻す。
「なんか勝算でもあんのかよ? こうして立てこもったからにゃ、なんかあるんだろ?」
「ふふ。私を誰だと思っている」
ヴァイゼは自信たっぷりに頷くと、ルイスとアリシアを交互に見やった。
「あなたがた二人が来れば、勝率は格段に上がる。特にルイス。言うまでもなく、その《絶対勝利》の力が鍵となる」
「…………具体的に、どんな策なんだよ」
「ふむ。よかろう。説明しよう」
大統領いわく。
絶宝球の力は強大だが、発動するほんのわずかの間だけ、ちょっとした隙ができるのだという。
帝国全土を取り巻く闇色の壁。
普段は強固にそびえるそれが、発動の瞬間だけ、すこし脆くなるらしい。
なんでも、共和国に古くから伝わる文献に書いてあるとのこと。二千年前の大統領が後世のために記したのだという。
「……それがわかっていてもなお、我々は帝国に攻めることができなかった。見ただろう? 絶宝球から放たれた、おぞましき可視放射の威力を」
「ああ……」
応じながら、ルイスは隣で倒れ込むレストを見やる。
彼ほどの猛者でもたった一撃で沈んでしまうほどの攻撃力。闇色の壁を突破する間に、多くの囮が必要となってしまうわけだ。ただでさえ戦力が足りない現状では、それが死活問題となってしまう。
こちらの視線に気づいたレストが、ミューミの膝の上で苦い笑みを浮かべる。
「ルイスのおっちゃん。絶宝球の力はあんなもんじゃねえさ。その気になりゃ、国のひとつくらい一瞬で吹き飛ばせる」
「な……なんだと?」
では、当時の可視放射はかなり弱い威力だったということか。
まあ、ソロモアは共和国をも支配したがっているようだから、それも当然か。
「フム。なるほどな」
前代魔王が腕を組みながら声を発する。
「あの障壁を突破しようにも、その前に甚大な被害が発生してしまう。だから手をこまねいていたわけか」
――そういうことか。
ここまでの流れで、ルイスにはだいたい察しがついた。
「俺に――絶宝球からの攻撃を受けてほしいってわけだな? これが確実だろうよ」
「フフ。ご名答」
しっかりと頷くヴァイゼに、ルイスはふうとため息をつく。
仕方ないことではあるが、一番危険な役目だ。絶宝球そのものと正面対決するのだから。
だが――現状ではたしかに、これができるのはルイスしかいない。
「あ、あの……思ったんですけど……。帝国の向こう側に転移することはできないんですか? 私やミューミさんの魔法で……」
アリシアの問いかけに、ヒュースが答える。
「残念ながら無理そうだ。帝国の魔術師が妨害魔法をかけているようでな」
「うう。そう簡単にはいかないですか……」
となれば、やはりルイスが先陣を切るしかないだろう。他の誰かを犠牲にするわけにはいかない。
しん、と。
沈黙が降りるなか、ミューミがルイスを見上げた。
「でも……いいんですか? ルイスさん」
「ん? なにがだよ」
「だって……わかるでしょう? もしこれでルイスさんが相打ちになったら……」
そこまでを言いかけて、辛そうにどもるミューミ。
「……はん。なるほどな」
彼女の言いたいことを、ルイスはなんとなく察していた。
もしルイスが相打ちとなり、そしてまた、この戦いに共和国が勝利すれば――
一番得するのは共和国側であると、彼女はそう言いたいんだろう。
「はっ。なに言ってんだ」
ルイスはふっと笑う。
「おまえたち、そんな悪ィ人間なのかよ。俺にはそうは見えねえけどな」
「え……」
「気にするな。俺は死なねえし、おまえたちもある程度は信用してる。すくなくともこの戦いが終わるまでは仲間だろ」
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