おっさん、何度も頭を下げられる
プリミラ皇女はあくまで穏やかな態度だった。相変わらず柔らかな笑顔で、可愛らしい雰囲気を放っているが――目が怖ェ。
脇でぼーっと立ち尽くしていただけのルイスでさえ、鳥肌を禁じ得なかった。
彼女はまだ十代中盤のはずだ。いくら皇族といえど、この歳にしてこの威圧感。将来きっといい女に――否、素晴らしい皇女になるに違いない。胸のあたりは少々乏しいが。
皇女プリミラの圧迫感に、男兵士は完全にやられたようだ。
「も、ももも申し訳ありません」
と片言で謝ると、そそくさと帰ろうとする。
「私に謝ってどうするのです。彼――ルイスさんに謝りなさい。きちんと、ふかーく頭を下げるのですよ」
「え……なぜ《不動のE》なんかに……」
「――あら失敬。聞こえなかったんですか?」
再びにっこりと笑うプリミラに、男兵士はひいっと悲鳴をあげた。それからぎこちない動作でルイスに振り向くと、実に遅々たる速度で頭を下げる。
「こ、この度は、えっと……その……」
「声が小さいですわ? やり直し」
「ご迷惑を、おかけ、しまして……」
「聞こえません。ちゃんと言い直しなさい!」
皇女が怒声を浴びせると、男兵士は今度こそ深く頭を垂れた。
「この度は、大変失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした!」
「……だそうです。許して差し上げますか、ルイスさん?」
急に話を振られ、ルイスは苦笑するしかなかった。
「ま、俺ゃあ別に。あんなの慣れっこですからね」
「もう、ルイスさんは優しすぎますわ。これでは足りないくらい、ずっと迫害を受けてきたのではありませんか?」
「はは……そうなんですかねぇ……」
ちょっとした手柄の横取りや、大勢の前で悪口を言われるなど――その程度のことは、日常茶飯事的に起きていた。迫害の対象にされることさえ、ルイスにとっては《日常》の一部だった。いまさらそれがおかしいんだと言われても、いまいち実感が湧かない。
「私も、あれじゃ足りないと思います!」
アリシアが片手をあげ、話に乗ってきた。
――こいつ、楽しんでやがったな……
「あたっ」
ルイスは彼女の額をぺちんと叩くと、皇女に向き直った。
「ま、俺をいじめたのはあいつだけじゃありません。もう大丈夫です」
「そうですか。まあ、それなら良いのです」
――そんなことよりも。
ルイスにはひとつ、気になることがあった。
「皇女様。違和感を感じませんか?」
「はい?」
「帝国を滅ぼそうとしている奴らが何者かはわかりません。ですが――今回の襲撃で、すくなくとも《そういう奴ら》がいることは明るみに出てしまった。これって、敵側にしちゃ大損ではありませんか?」
「そうですね……言われてみれば……」
皇女が難しい顔で腕を組む。
敵側にとってみれば、いまの事態は想定外のはずだ。
帝国の兵士は大勢生き残っている。皇族も誰ひとりとして被害を受けていない。
《隠し通路の呪文》というカードまで切ったのに、結末がこれではあまりに呆気ない。このテロのために、敵側が念入りに準備してきたことは想像に難くないはずだ。
なのに、あまりにあっさりと終わりすぎているような……
次の瞬間、ルイスはかっと目を見開き、大声で叫んだ。
「危ない! みんな、お下がりください!」
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