かつての自分と若き青年
新作を公開しております。
「片腕をなくした転生勇者は、10000年後の未来でのんびりと道場を開く。」
ぜひお越しください!
ステータス・オールマックス。
常軌を逸したスキルだとは思ったが、なるほど、そんなデメリットがあったか。
また、数日前……レストと初めて戦ったとき、彼があえてこのスキルを使わなかったのもわかった気がした。
あのときのレストの目的はあくまで時間稼ぎ。その程度の戦いで、体力を失うわけにはいかなかったのだろう。
とりあえず、これで勝負あった。
《絶対勝利》を手にしたルイスには、かつてのように体力の心配はない。こちらはまだまだ戦える反面、レストは満身創痍。
スキルの効果が切れたのか、レストからはすでに漆黒のオーラが消えていた。髪や瞳の色も元に戻っている。あれほど禍々しかった気配も、もう感じ取れない。
誰が見ても勝敗は明らかだろう。これ以上戦う必要はない。
そんなことを考えながら、太刀を鞘に収めようとした直後……
「――なに終わろうとしてんだよ、ルイスのおっさん」
「……なに?」
「さっきも言っただろうがよ。人の心配してる暇があったら、自分のことを考えろってな」
言うなり、レストは再び立ち上がる。
そしてなんと、あのチートスキル――ステータス・オールマックスを発動しようとするではないか。漆黒のオーラが、再度、彼の周囲に発生する。
「お、おい! それ以上はやめとけ!」
ルイスは慌てて若者を制止する。
自分もかつて、急激な体力消耗に苦しんだからわかる。
レストはきっとスタミナの極限まで戦ったはず。そのうえでさらにスキルを使用するなど、自殺行為以外のなにものでもない。
それでもレストは、戦闘の構えを取る。
「気にするなって言ってんだろ。俺はまだ――ウッ!」
胸部にすさまじい痛みを感じたか、彼はその部分に手をあてがう。よくよく見れば、彼の右胸には細い穴が穿たれており、そこからどろどろと血液が垂れてきている。
「馬鹿! 戦えるわけねえだろうがよ!」
相手が敵であることも忘れ、ルイスは本気で怒鳴った。
「ここで死んだらどうするつもりだ! 本命はあくまで帝国……ソロモア皇帝だろうが!」
「くくく……ははは……」
なぜだか笑いだすレスト。自身の胸を辛そうに抑え、歯を食いしばりながらも、それだけは変わらない笑顔をこちらに向けた。
「馬鹿はあんただよ……。この状況で……帝国に勝てると思ってんのか……?」
「な、なに……?」
「あんたは知らねェだろうがな……もう大多数の中小国が、帝国側についちまってんだよ。たしかにこっち側には強え戦士がいっぱいいるが……それじゃどうにもならねえほど、戦力差がついてきてる。加えて、あっちにゃ絶宝球まであるんだぜ?」
「…………」
「無理なんだよ……。ヴァイゼやミューミはまだ諦めてねえみてえが……いまさら頑張っても……もう詰んでんだ……」
なるほど。
そういうことか。
このわずかな期間で、ソロモア皇帝はさらなる力を身につけたらしい。諸外国すべてがソロモアについてしまったのならば、たしかに絶望的な状況という他ないだろう。
こちらが動ける戦力は、悲しいほどに小さい。悲観的になる気持ちはわからないでもない。
「だから……ここで死のうとしてんのかよ。レスト」
「はっ。どうだかな」
彼はあくまでも、薄い笑みを絶やさない。
「さっきも言ったように、俺はずっとあんたを倒すために修行してきた。負けるのは正直悔しいが――この戦いがひとつの契機になることは間違いねぇよ」
似ている、とルイスは思った。
過去の自分と。
なにもかもを諦めていた、昔の自分と。
どんなに知識を溜めても、どんなに修行しても、まったく成長できないまま、ずるずるとEランクを続けてきた過去の自分。
あのときの俺は生きる目標を失っていた。
自分なんて枯れたおっさんだから。生きていても意味のない、しょうもない男だから。
「おいどうしたよ。まさか、戦う気をなくしたって言わねえだろうな」
「…………」
「そっちが来なくても……俺が行くぞ……!」
黙り込むルイスに向けて、レストは再び駆け寄ってくる。
速い。
さすがのスピードだ。
だが、いくらステータス・オールマックスを使っているとはいえ、体力を失った彼にさきほどの脅威度はない。
突き出された太刀を、ルイスは事もなげに受け止める。
カキン――と。
さっきよりも随分と弱々しい、太刀と太刀のぶつかり合う音が聞こえた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
眼前で、レストが激しい呼吸を繰り返している。片腕はいまだに胸部を覆ったままだ。
「おいどうしたよ。戦いやがれ! 勇者の力を見せてみろよ!」
「…………」
違う。
たしかにここで彼を倒すのは簡単だが、それはルイスの求めている結末じゃない。
かつて、勇者エルガーも同じ葛藤を味わったはずだ。
倒す必要もない敵たちを、倒さなければならない苦しみ。
激烈なまでの悩みを。
戦いたくもない戦争で太刀を振るいながら、きっと歯を食いしばっていたに違いない。
それを思った途端、ルイスは暖かいものに包まれているかのような感触を覚えた。自身をとりまく銀色の煌めきが、いっそう強く、いっそう美しく光度を増す。
太刀を押し合いながら、ルイスはぽつぽつと話し始めた。
「もう無理、か。そうだよな。この状況じゃ、誰だってそう思うかもしれねえ」
「……なんだって?」
渋い表情をするレスト。
彼の向こうに登場した新たな人影をちらっと確認してから、ルイスは続けて言った。
「昔の俺もそうだった。かつての同僚や部下がどんどん出世してるってのに、俺だけがEランクのまま。何度も腐りかけたぜ。おまえのような、凄腕の冒険者を勝手に恨んでいた時期もある」
「…………」
「だから、魔獣が初めて帝都を襲ってきたとき……俺も死のうと思ったんだ。サクヤを増援に行かせて、俺は身代わりになろうとした」
「…………」
「そのとき、実力もねぇのに加勢してきた馬鹿野郎がいてよ。泣きながら言いやがるんだ。絶対に生きて帰る。俺を死なせはしない、ってな」
「…………」
「おまえはどうだ。最近――ずっと自分を責めてきたんじゃねえのか。ソロモアに対してなにもできなかった自分……。守りたい人を守れなかった苦しみ……。たったひとりで、ずっと、抱えていたんじゃねえのか」
「な……な、にを……」
そのとき、レストの表情に明らかな変化が訪れた。
「俺もそうだったんだよ。ずっと自分を責め続けてた。でも、あの馬鹿野郎は教えてくれたんだ。そうじゃない、あなたはいままでずっと頑張り続けてきた。立派な人なんです……ってな」
「…………」
「見てみろよ、レスト。おまえさんにも、そう思ってくれる大事な人がいるみたいだぜ」
言うなり、ルイスは優しくレストを後方に押し出す。
たいして力は入れていないが、たったそれだけで、いまのレストは簡単に仰け反った。
「う、お……」
そうして倒れかけたレストを。
同じく帝国のSランク冒険者――ミューミ・セイラーンが優しく抱き止めた。
「な……なんだ。ミューミか……!?」
レストがぎょっとした表情を浮かべるのをよそに、ミューミはルイスを見て軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。私がここに来てたの……気づかれてたみたいですね」
「まあ、な。こいつを止めたかったんだろ?」
「はい……」
小さく頷くと、ミューミはレストの背中に頭を預けた。
「レストの馬鹿……。なんでもひとりで抱え込むんだから……」
「ば、馬鹿野郎。奥で待ってろって言ってたじゃねえかよ……! もし戦いに巻き込まれたら……!」
「もういいんです。私は、あなたが生きていればいいんです。それだけで……」