万年Eランクのおっさん冒険者と、天才Sランク冒険者
★
――その一方で。
「フム。まずいな……」
脇で戦闘を見守っていたロアヌ・ヴァニタスが、ぼそっと声を発した。腕を組み、険しい表情でルイスらの戦いを観察している。
「まずいって……どうしたの、ロアちゃん」
問いかけるアリシアに、ロアヌ・ヴァニタスは首を横に振った。
「想定以上に激しい戦いになりそうだ。ここにいたら我らも危ないぞ」
「え……」
「アリシア。古代魔法を使ってくれ。うんと強い結界を張って――」
ロアヌ・ヴァニタスが言い掛けた、その瞬間。
「ああっ!」
アリシアは顔面を片腕で覆った。
鼓膜を突き抜くような轟音とともに、鋭い衝撃波が襲ってきたからだ。
見れば、銀の煌めきをまとったルイス・アルゼイドと、漆黒の霊気をまとったレスト・ネスレイアが再び激突したところだった。両者が動くたびに銀と黒の奇跡が宙を走り、まさに次元を超越した光景だった。と同時に、太刀のぶつかり合う冷たい音も聞こえてくる。
「…………」
アリシアは思わず息を呑んだ。
地中にいるはずなのに、暴風雨のど真ん中に突っ立っているような気分だ。さきほどの一般女性――アルカナがこの場にいたら、きっと大変なことになっていただろう。
このままでは……
アリシアは無言で杖を取り出すと、古代魔法を発動する。無色の輝きが杖の先端から発せられ、徐々に膨らんでいく。大きくなっていく。
数秒後。
「こ、これは……」
暴風に足を踏ん張っていたフラムが、大きく目を見開いた。
アリシアの周囲数メートルを、透明な膜が覆い尽くしたからだ。あれほど激しかった暴風の気配が嘘のように消えてなくなる。
――いや。
実際に暴風が消えたわけではない。
アリシアの周囲にのみ、万象一切の攻撃が届かなくなったのだ。
膜の向こう側では、相も変わらずあちこちで衝撃波が発生している。だが膜に触れた瞬間、まるで溶かされたかのように消失するのである。
「はは。すげぇな、こりゃ」
さしものフラムも苦笑を浮かべる。
――これが、古代魔法のひとつ、《異次元結界》。
使用中は自身も攻撃できないが、あらゆる攻撃から身を守る、無条件勝利にも匹敵するチート技だ。
「アリシア。MPは平気か」
「うん。それは心配しないで」
ロアヌ・ヴァニタスの問いかけに、アリシアは薄く微笑みかけた。
この《異次元結界》は強力な魔法であるため、その代償も馬鹿にできない。使用している間はずっと、術者のMPが削られていくのである。
以前のアリシアならば逆立ちしても使えなかった大技だ。素のステータスがめちゃくちゃ弱かったのだから。
魔物界でロアヌ・ヴァニタスに修行をつけてもらったおかげで、アリシアも前とは比較にならないほどステータスが高まったわけだ。古代魔法のおかげで成長補正がかかっているらしく、MPだけならば、帝都に在住する凄腕の魔術師にも引けを取らない。
前代魔王の修行で強くなったのは、ルイスやフラムだけではない、ということだ。
ガキン! ガキン!
結界の向こう側で、激しい剣戟の音が聞こえる。その度に巨大な衝撃波が襲ってくるから、《異次元結界》があるとわかっていても正直ヒヤヒヤする。
――戦っているだけでこれほどの災害を引き起こすなんて。
ルイスの《絶対勝利》は言わずもがな、レストの《ステータス・オールマックス》もかなり強力である。あの青年が、こんな大技を隠し持っていたとは……
「心配か。あいつが」
物思いに耽るアリシアに、フラムが声をかけてきた。
「心配するな。あいつならきっと、うまくやってくれる。それはあんたが一番わかってんだろ?」
「はい……」
ルイスさん。
どうか、どうかご無事でいてください……
結界の内側で、そう強く祈るアリシアだった。
★
速い。
速すぎる。
ルイス・アルゼイドは、かつてない衝撃に見舞われていた。
すべてのステータスを極限に高めたレストの動きは、いままで相対したどんな敵よりも速く、そして重い。
古代魔獣や前代魔王、そして数々の凄腕戦士たち。
これまで多くの敵と戦ってきたルイスだが、この青年ほどの恐怖は覚えなかった。
たしか、ステータスの限界値は「99999」だったはず。レベル1時点のルイスが二桁程度のステータスしか持ち合わせていなかったことから、すさまじいまでのチートっぷりが窺える。
さすが、《無条件勝利》に抗うためだけに鍛えてきただけはある……!
「おおおおおおっ!」
――心眼一刀流、一の型、極・疾風。
ここまで来たら、もう猪口才な心理戦は通用しまい。いままでの冒険で培ったすべてを、ルイスは青年にぶつけていった。
「せいやぁぁぁぁああ!」
そしてそれはレストも同様のようだった。まったく同じ剣技を、絶叫とともに放ってくる。敏捷度99999の速さは尋常ではないが、こちらとて《絶対勝利》の所有者。負けるつもりはない。
ゴォン! ズドォン!
人智を超えた戦いのせいだろう。
周辺の壁面が無惨に抉れたり、大地震が発生したり、周囲への被害も無視できなくなっている。
気になって仲間たちを一瞥したが、アリシアの古代魔法でうまく難から逃れているようだ。あれなら大丈夫だろう。
――どれほど太刀を打ち込んだだろうか。
ふいに、レストの動きが鈍くなっているように感じた。それでも速いことに変わりはないのだが、さっきよりもスピードが落ちているような……。心なしか、表情も辛そうに歪み始めている。
「ぐうっ……」
そしてレストが苦しそうに片膝をついたとき、ルイスのなかである予感が芽生えた。
「おまえ、まさか……」
「……はは。時間切れ、みてえだな……」
苦笑とともに、レストはこちらを見上げる。
「チートスキル《ステータス・オールマックス》……強力ではあるが、体力の消耗が激しいのが欠点でな。あんたの《無条件勝利》と一緒だよ」
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