二千年前の戦いを
神速を超える剣撃の応酬。
ルイスもレストも、自身が出しうるすべてのスピードで剣を打ち込んでいた。
端から見れば、まさに理を超えた者同士の戦い。
一般人であればまったく目視のかわなぬ戦いを、二人は無言で繰り広げていた。
心眼一刀流、一の型、極・疾風。
かつて勇者エルガーの得意とした最強の技を、二人は完璧なまでに使いこなしていた。
互いの太刀は相手の太刀に弾かれ、受け止められ、ひたすらに金属音だけが響き渡る。
と。
――ガキン!
ひときわ甲高い金属音が鳴った。両者の太刀が衝突し、押し合うようになった形だ。
「……やるじゃねえか、ルイスのおっさん」
ギリギリギリと剣を押し続けながら、レストはにやりと笑う。
「体力の消耗がまったく感じられねえ。そのスキル、完全にものにしたようだな?」
「どうだかな。魔王いわく、もっと上はあるようだが」
「へぇ。まだ上があんのか。そりゃすげえや」
レストはそこでふっと頬を緩める。
なんだ……?
唐突にルイスは寒気を覚えた。長らく戦闘に身を置き続けた結果か、本能が危機感を訴えてくる。
と、その瞬間――
レストはふいに太刀を片手に持ちかえるや、空いた手をぱっと開く。うっすらと闇色に輝く手から、甚大な魔力が発せられ……
「……ちっ!」
ルイスは舌打ちとともに後方に飛び退く。
コンマ一秒続いて、ルイスの元いた位置に、地上から槍が突き出てきた。それも単なる槍ではない。魔法によって果てしなく強化された、血塗られし大槍だ。あれをまともに喰らってしまえば、致命傷は免れないだろう。
「……マジかよ。いまのを避けるとぁな」
急にぶすっとするレスト。
ちょっとショックを受けたらしい。
「まぁ、驚くほど発動が早かったからな。普通の奴じゃまず避けられんだろうよ」
「はは。慰めのつもりかよ」
言うと、レストは再び片手を前方に突き出した。今度は紅の輝きがルイスの目を射る。
――お次は炎属性の魔法か……!
一般の魔術師であれば、魔法の発動には多少の隙が生じる。その魔法が強力であればあるほど、発動に時間がかかるわけだ。
つまり、レストが魔法を使おうとしているこの瞬間は、本来ならばチャンスであるはずなのだが――
ルイスはすっと太刀を鞘に収めると、すうと深呼吸する。
意識を研ぎ澄まし、乱れた呼吸を整える。
――心眼一刀流、無の型、流水。
かつてブラッドネス・ドラゴンとの死闘で使用した、回避特化の技だ。
太刀をしまい、無駄な装備をなくす。
そうすることで、最小限の動きで相手の攻撃を避けることができる。
ほどなくして、頭上から無数の火炎が降り注いできた。
例えるならば、炎の雨。
もうもうに燃えさかる業火の豪雨が、間断なくルイスに襲いかかってくる。
高威力なうえ、触れるだけで大火傷を負う強烈な魔法――
これほどの大技をほぼ一瞬で発動させるとは、さすがSランクの名は伊達ではない……!
「…………」
ルイスは瞳を閉じ、魔法の動きに集中する。
目で追わずとも、いまのルイスには魔法の動きが直感できる。
――ズドォン! ズドォン!――
轟音を響かせながら吹き乱れる炎の嵐を、ルイスはわずかな動きだけで回避する。一発喰らえばそれだけで看過できぬダメージをもらうだろうが、いまのルイスには微塵の恐怖心もなかった。
――ここだ!
ルイスはかっと目を見開くと、レストへ猛然と疾駆する。
炎の雨の気配がやんだところに、瞬時にして攻撃を仕掛けたのである。
もらった!
ルイスは高速で太刀を振るった――のだが。
ガキン!!
金属音とともに、ルイスの太刀は阻まれた。ギリギリ、紙一重のところでレストが太刀を構えたようだ。
「……マジ、かよ。そう、きやがった、か……!」
苦々しい表情で呻くレストだが、これはルイスとて同じ心境だった。
「や、やるな……。完全に隙をついたはずだが……まさか防ぐとはよ」
ギリギリギリギリ……
剣を押し合いながら、両者は互いを睨みつける。
さすがは二千年も勇者対策をしていただけはある。心眼一刀流や《絶対勝利》の動きをまるで熟知しているかのようだ。
と。
「ぐうっ……!!」
ふいにレストの表情が激しく歪んだ。片目をぎゅうと閉じ、片手を右胸にあてがう。
――胸。
まさか。
ある予感を抱いたルイスはかっと目を見開き、掠れ声を発した。
「レスト……、まさか、あのとき撃たれた場所がまだ痛んで……!」
――そう。
数日前の戦闘中に、絶宝玉から放たれた闇色の可視放射。
それがレストの胸部を射抜いていたのを思い出す。
色々あってすっかり忘れていたが、絶宝球の攻撃をまともに喰らって、無事でいられるはずがない……
「うる、せェな……!」
それでもレストは太刀を離さない。
「同情なんかすんじゃねえよ……! 俺は、俺はまだ戦える……!」
突如として。
レストの周囲を、ドス黒いオーラが包み込み始めた。
いつもあどけない彼には似つかわしくない、暗黒の輝き。粘着性のありそうなドロドロとした光が、レストに取り込まれていく。
「ルイスのおっさんよ……。あんまり他人のことなんざ心配してる場合じゃねえぞ?」
胸部をおさえ、苦しそうに呼吸をしながらも、レストはこちらを見て笑う。
「最強スキル《無条件勝利》……。そいつに対抗するにゃ、こっちもそれ相応のモンがなきゃ話にならねえ。二千年もの間、ネスレイア家はただ修行をしてたわけじゃねえんだよ……」
「…………」
「その結果……《無条件勝利》ほどじゃねえにしても……これくらいはできるようになったんだよ!!」
すると。
不可思議な音を響かせながら、闇色のオーラが一斉にレストへ集結していく。ありとあらゆる闇を集め、凝縮されていく……
「ちいっ!」
舌打ちとともに、ルイスは後方に飛び退く。
この力。
なんだか尋常でないものを感じる……!
次の瞬間。
陽気な冒険者レストは、もうそこにはいなかった。
「いくぞ……ルイス・アルゼイド」
燦然と紅く輝いていた毛髪は、怖ぞ気を覚えるほどに禍々しい漆黒へ。少年のようにキラキラしていた瞳は、死霊のような黄色く濁った眼球へ。
まさに信じられぬほどの変貌を遂げていた。
「ステータス、オールマックス……。《無条件勝利》にはちぃと及ばねえが、どうよ、立派なモンだろ?」
笑いながら発せられるその声は、心なしか低くなっているように感じられた。
「…………」
だが不思議と、ルイスに恐怖心はなかった。
これも歳の功か、妙に落ち着いている自分がいる。
「ステータス・オールマックスか……たいしたもんだよ、まったく……」
言いながら、再び太刀を構えるルイス。
自身を取り巻く銀色の煌めきが、一層美しく光度を高める。キラキラ……と鈴を鳴らしたような音が響きわたる。
「おまえがどんなに強くなったとしても……俺は負けるわけにゃいかねえ。どんとぶつかってこい、レスト・ネスレイア!!」
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