二つの心眼一刀流
「――来たか」
細長い通路の先で、彼が待っていた。
ちょっとした広間になっているようだ。
頭上を見上げると、天井が唖然とするほどの高さにある。ここまでの経路で、かなりの深度まで降りてきたらしい。色彩さまざまな光脈があちらこちらで舞っており、変わらず幻想的な雰囲気が漂っている。
そんな広間に、ユーラス共和国の大臣――レスト・ネスレイアが、たったひとりで待ち構えていた。
「…………」
特に合図があったわけではないものの、ルイスたちは、レストと一定の距離を保ったところで立ち止まった。
さっきまでのおちゃらけた雰囲気はもうない。ここにいるすべての者が、真剣極まる顔つきで相対している。
そんな重苦しい空気のなか、ルイスは一歩踏み出す。
「……久しぶりだな、レスト」
「ああ」
「おまえひとりなのか。大統領やミューミって奴は……」
「他の連中は奥の部屋で待機させてある。申し訳ないが、わかってくれや」
「……そうか」
ルイスは小さく頷いた。
サクセンドリア帝国ではうんざりするほど騒がしかったレストだが、現在に至っては様子が違う。ルイスと似た太刀を腰に携え、やや尖った視線をルイスたちに向けている。
ややあって、レストは控えめに笑った。
「はっ。奇妙なメンツだぜ。そこにいるのは魔王かよ」
「フム。お初にお目にかかる。前代魔王――ロアヌ・ヴァニタスと申す」
「はは。あんた、てっきりエルガーに殺されたと思ってたぜ。生きてるってわかってりゃ、普通に協力を要請したのによ」
「悪いな。我々にも事情があるのだよ」
「ふん。わかってるさ」
そこでルイスはこほんと咳払いをかました。
「取り込み中悪いが、まずはこの人――アルカナさんを保護してもらえんかね。このためにわざわざ来たんだ」
言いながら、ルイスはアルカナを手招きする。赤ん坊を抱えた若い母親は、恐る恐るといった表情で前に出てきた。
レストは一瞬だけ目をきょとんとさせたあと、
「わかった」
と頷いた。
「よく来たな。この先の部屋に避難住民もいる。あんたは先に行っててくれないか」
「え……でも」
アルカナは言いづらそうに視線をさまよわせた後、意を決したようにレストを見つめた。
「この人たち、テイ……帝国人ですが、良い方ですよ? 私だけじゃなく、どうか皆さんも……」
「はん。こいつらの性格は俺もよくわかってるさ。――だがそれでも、おいそれと通すわけにゃいかねえんだよ。頼むから、言うことを聞いてくれ」
「…………」
アルカナは数秒間だけルイスたちを申し訳なさそうに見つめてきたが、ルイスがふっと微笑みかけると、ぺこりと頭を下げて奥に消えていった。
仕方あるまい。そう簡単にレストが信用するわけもないのだ。
アルカナが奥の部屋に入ったのを確認してから、レストは改めてルイスたちを見渡した。
「……一応聞いておくぜ。あんたら、いったいなにしにきた」
「一緒にソロモア皇帝を止めるために。こんな世界……誰も望んでねえよ」
「…………」
そこでじっと黙りこくるレスト。
普段のおちゃらけた態度が嘘のように、黙ってルイスの瞳を見つめ続けている。
「本当ですよ、レストさん! 信じてください!」
そう沈黙を破ったのはアリシアだった。
「あなただって知ってるはずでしょう!? ルイスさんがどんな人なのか……帝国でずっと見てきたじゃないですか!!」
「ふん……そうだな……」
レストはふっと頬を緩めると、ゆっくりと瞳を閉じた。
「不器用で、ちっともレベルが上がらねえくせに……どこまでも真っ直ぐだったな。みんなから馬鹿にされても、それでも愚直に依頼をこなしててよ……素直にすげえと思ってたさ」
「はっ。それを言うなら、あんただってそうだぜ」
後頭部をさすりながら、ルイスは苦笑いを浮かべる。
「剣も魔法も使いこなすSランク冒険者……。俺みてえな最底辺のおっさんにゃ、あんたは憧れの的だった」
「はん。そりゃどうも」
レストも再び笑顔を浮かべる。
「あんたがたいした奴だってことはわかってる。でも……俺はずっと自分を高め続けてきたんだ。いつか現れる勇者に備えてな。ここで簡単に引くわけにゃいかねえんだよ」
そして鞘から太刀を引き抜くや、その切っ先をルイスに向けた。
「見せてくれ。あんたがなにを感じ、なにを見てきたか……その太刀で語ってくれや」
――やはりそうなるか。
ルイスはふうと息をつくと、背後を振り向き、仲間たちを見やった。
「すまない。すこしだけ――時間をもらってもいいか」
「は、はい……。さすがにこれは、手を出すのは無粋な気がします……」
「絶対に勝ってくれよ。あんたならいけるはずだ」
「フフ。信じておるぞ、貴様の底力をな」
仲間たちの言葉に小さく頷くと、ルイスは再び歩き出す。
Sランク冒険者――かつて自分が憧れ、そして諦めた、あまりに強大な男の元へと。
スキル発動。《絶対勝利》。
心中でそう唱える。
瞬間、銀色の煌めきがルイスを包み込んだ。夜空に輝く星々のごとく、華麗なる光点がルイスの周囲で舞う。
レストは数秒だけ目を見開くと、かつてのように、瞳をキラキラさせた。
「はは。あんた、やっぱ新たな境地に達したか。そうこなくっちゃな」
「……最初から本気でいくぞ。おまえも全力で来い……!」
「ああ。もちろんさ」
レストがゆっくりと太刀を構えた、その瞬間。
「「おおおおおおおおおっ!!」」
――心眼一刀流、一の型、極・疾風。
二つの心眼一刀流が、真正面からぶつかり合った。
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