二千年の決着へ
フラムの宣言通り、この先はかなり危険な道のりだった。
どういう仕組みなのかわかりかねるが、一定の間隔で魔獣が出没するのだ。
他にも、どこからともなく炎の矢が飛んできたり、地雷が仕掛けてあったり……フラムがいなければ相当に苦労したことは疑いようもなかった。
――いや。
もうひとり、いた。
現れる魔獣を問答無用で追い返す、前代未聞の化け物が。
「貴様。魔王たる我に襲いかかろうとは……いい度胸をしておるではないか」
「ギャ……」
そんな呻き声とともに後ずさるのは、ミノタウルス――馬のような顔を持つ、半人半獣の怪物だ。盛り上がった肉体からわかるように、筋力値のステータスが異様に高く、Aランク冒険者でさえ苦戦するような強敵なのだが――
「わかっておろうな? 貴様が我に刃向かった瞬間、末代まで呪われる運命となる」
「グググ……」
後退するミノタウルスに対し、ロアヌ・ヴァニタスは問答無用で距離を詰めていく。
相も変わらずニタニタ笑っているところがまた不気味である。
「どうした? 話が聞こえなかったのか? そこをどけ。さもなくば……」
「ウゥ……」
――なんと。
ミノタウルスは相当の図太さで知られているはずだが、魔王の威圧感にはまったく適わないらしい。巨体をそのまま翻すや、
「ギャーーーー」
悲鳴にも似た叫びとともに、いずこへと去ってしまう。
――戦わずして勝利。
最強スキル《絶対勝利》持ちのルイスもびっくりである。
「……なんつーか、反則だよな、おまえ」
呆れ混じりに言うルイスに、前代魔王はクククっと悪い笑みを浮かべた。どこからどう見ても悪人顔だ。
「そのおかげで貴様らは助かっているだろう。感謝してくれてもいいのだぞ」
「はいはい……」
――もはやなにも言うまい。
ユーラス共和国が苦心惨憺して作り上げたこの隠し部屋も、ルイスら四人組にとってはなんの脅威でもない。フラムの無駄のない案内もあって、実に順調に経路を進んでいた。
距離的にはもう、だいぶ歩いたはずである。
「…………」
ルイスはすっと表情を引き締め、ミノタウルスの走り去った方向を見やった。
「……フラム。そろそろかよ」
「ほう。よくわかったな」
フラムはすこしだけ目を見開くと、ルイスと同じ方向に視線を向ける。
「もうそろそろ終点だ。ヴァイゼ大統領やレスト大臣も……たぶん、そこにいると思う」
「そうか……」
魔導具により気配は消されているはずだが、ルイスはなんとなく感じ取っていた。
勇者エルガーと同じ流儀の使い手……レスト・ネスレイアの空気を。
《無条件勝利》の継ぎ手に対抗するため、二千年前から鍛錬を積んできた男の力を。
それを思うと、知らず知らずのうちに身体が震える。
これは武者震いというやつか、それとも――
「ルイスさん……」
そんなルイスの心境を察したか、アリシアがそっと手を握ってくる。
「大丈夫です。いまは私も、フラムさんも、魔王さんもいますから」
「…………」
サクセンドリア帝国におけるSランク冒険者にして、その実、ユーラス共和国の大臣と工作員を兼ねていた男。
剣と魔法の腕も去ることながら、相当の実力者であることは言うまでもあるまい。
現にルイスも、彼が無邪気なあまり、その正体に気づけなかった。
だが――皇帝ソロモアだけは彼の正体を察していたわけだ。その上で彼の裏を掻き、ユーラス共和国を事実上乗っ取ってしまった。
一般人の知らないところで、高度な知略が繰り広げられていたわけである。
「レスト・ネスレイアか。フム、たしかにかなりの強敵であろうな」
さきほどとは打って変わり、前代魔王も表情を引き締める。
「……だが、いまの貴様らならば、決して適わない相手ではあるまい。心配は不要だ」
「……はっ。まさか魔王なんぞに慰められるたぁな」
「誰が魔王なんぞだ」
「さあ、行くぞみんな。本番は……これからだ」