奇想天外な四人
★
女性はひどく怯えていた。瞳孔が開ききっているし、全身をカタカタと震わせている。
それでも。
彼女は、腕に抱いている赤ん坊だけは手放すまいと、懸命に守ろうとしていた。この子だけは必ず守ってみせる――そんな強い意志を感じさせる瞳だった。
素晴らしい、とルイスは思う。
帝国人であろうと共和国人であろうと関係ない。自分たちはわかりあえるはずなのだ。拒絶さえしなければ。
と同時に、狂わんばかりの怒りも込み上げてくる。
あまりに――ひどい。
「おい……おまえら。これはどういうつもりだ」
ルイスはぎろりと、先ほど自身を殴りかかろうとした男を睨みつける。
男は一瞬びくっとしたように背筋を伸ばしたが、すぐにヘラヘラ笑いを浮かべた。
「なにって……見てわかんだろ。仕返しだよ」
「仕返し……だと……」
「アンタだって知ってるだろうよ。いままで、帝国がどれほど共和国から迫害を受けてきたか。俺たちはずっと耐えてきたんだ」
「…………」
たしかに。
それはルイスも痛いほどよくわかっている。
神聖共和国党を始めとする、過激派組織の破壊活動。
レスト・ネスレイアを中心とする工作活動。
それらにより、帝国はたしかに看過できぬ被害を負っただろう。死傷者も多く出ている。
けれど。
このように、やって、やり返して――これが、皇帝の言う平和な世界なのか。
これが、勇者エルガー・クロノイスの求めていた世界なのか。
違う。こんなものは……!
と。
「隙ありィ!」
「…………!」
男が不意をついて再び殴りかかってくる。《無条件勝利》は使えないのか、たいしたスピードではないが、それでもそこそこのやり手なのだろう。周囲にすこしだけ突風が舞う。
だが。
《絶対勝利》を使用しているルイスには、スローモーションにしか感じられない。
ルイスは急いで女性を抱えると、そのまま軽々とジャンプし、男の後方へと飛び移る。この間、一秒もかかっていない。
男が完全に拳を振り切った頃には、ルイスは奴の背後に回り込んでいた。
「あ……れ……?」
男がそう呟いた、次の瞬間。
――ザシュッ!!
男に無数の切り傷が発生する。
勢いよく鮮血が吹き出し、周囲を赤一色に染め上げる。
身体の各所を無惨に切り刻まれた男は、ガタガタと膝を震わせながら、掠れた声を発する。
「な……に……?」
「同じ帝国出身だ。殺しまではしないでやるよ。だが――その身体じゃ、もう永遠に戦うことぁできねえだろうな」
「嘘……だろ……。おまえ、いつ……」
男の虚ろな視線は、ルイスの手元にひたと据えられている。太刀を握ってもいないのに、どうやって攻撃したのか――とでも言いたげだ。
「おまえに教える必要はないな。もう寝てろ」
「ぐ……くっそぉ……」
そのままバタリと崩れ落ち、びくりとも動かなくなる。たった一撃でノックアウトだ。
「あ……あの……」
「ん?」
ふと、ルイスの腕のなかの女性が見上げてくる。心なしか顔が紅潮していた。
「た、助けていただいてありがとうございます……。あの……テイ――帝国の方ですよね?」
「ああ。申し訳ねぇな。うちの皇帝がよからぬことを考えてるようでよ」
「…………」
「心配すんな。あんたは絶対に守ってみせる。だから安心しろ」
「で……でも、あなた……帝国人なのに……」
そこまで言いかけたところで、女性は感情の沸点に到達したようだ。目元に涙を浮かべ、そのまま泣いてしまう。
「ルイスさん、戦場でも口説いてるんですか?」
「本当によくないと思うぞ、そういうの」
「クク、良いものを見させてもらったよ」
と。
アリシア、フラム、ロアヌ・ヴァニタスが冷やかしとともに歩み寄ってきた。今回は彼女らの転移が遅れたわけではなく、単にルイスの《絶対勝利》の動きが早かっただけだ。
ルイスは女性を地面に下ろすと、呆れ顔を仲間たちに向けた。
「この状況でなに言ってやがんだよ。真面目にやれ」
「ふんだ。私だって真面目ですもーん」
なぜだか怒ったように顔をそむけるアリシア。
これは非常に面倒くさい。
「あれ……あ、あなたは……」
涙を浮かべながら、女性は大きく目を見開いた。その視線は共和国でのSランク冒険者――フラムに向けられている。
さすがはSランク冒険者様、一般人からの認知度も高いようだ。
「フラム・アルベーヌさんですよね? どうして、あなたが……」
「ま、色々あってな。こいつらとともに行動してるのさ」
「え……。で、でも、そこにいるのは……」
「フ。前代魔王のロアヌ・ヴァニタスと申す。ロアちゃんと呼んでくれ」
そのままウインクする魔王。
不気味である。
「ま、魔王……!? ロアちゃんって……」
なにがわからないと言ったようすで、女性は頭をクラクラさせた。
――ま、当然そうなるよな。
ルイスはこほんと咳払いすると、無理やり話題を切り替えた。
「ここじゃ敵に見つかる恐れがある。どっかに隠れる場所ないかね? 積もる話はそこでしようや」