いざ共和国へ
「ほう……」
ロアヌ・ヴァニタスが感嘆の声を発する。魔王と人間は顔のつくりが違うため、明確な感情は読みとれないが、珍しく驚いているように見えた。
「バース。いったいどういう風の吹き回しかな」
「…………」
バースはそれには答えなかった。
否――答えられなかったというべきか。
悩んでいるかのように目を細めると、数秒後、ぽつぽつと話し始める。
「俺にも……わかりません。でもひとつわかることは……いまの魔物界は、あなたたちに任せるしかないということです……」
「……ふむ。なるほどな」
ゆっくりと頷く前代魔王。
ロアヌ・ヴァニタスの座を継いで、現在の魔物界を統治していた現代魔王。魔王というからには、当然、この世界でトップの実力者であるはずだ。
そんな絶対的な強者が、人間によっていともたやすく殺された。さぞバースも不安に違いあるまい。
――ん。待てよ……
そこまで考えて、ルイスははっと思いついた。
「まさか、皇帝の狙いは……」
「うむ。おそらくそうであろうな」
ルイスと同様のことを考えていたのだろう、前代魔王が強く頷いた。
「ルイスとアリシアを始末するだけであれば、わざわざ現代魔王までをも殺す必要はない。いくら《無条件勝利》の使い手といえど、多少は相手に被害があるはずだからな」
そんなリスクを背負ってまで、人間たちは現代魔王の討伐に打って出た。そこから導かれる答えはひとつだ。
「あの皇帝、魔物界も乗っ取ろうとしてるってことかよ……」
動機などいくらでも思いつく。
二千年前の戦争などは、共和国と魔物界の結託によって戦況がひっくり返ったといってもよい。同じ轍を踏まないために、皇帝は魔物界にも手を伸ばそうとしているのだろう。
端的にいえば、魔物界も危機に陥っているということだ。
バースはルイスに一瞬だけ目を合わせると、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「まだ人間なんか信用できねーさ。でも、あんたらに任せるしかなさそうだからな」
「はは。ありがとよ」
「……え、でもロアちゃん」
アリシアが不思議そうに手を挙げる。
「バースさんの気持ちはありがたいけど、バースさんまで魔物界を出ていったら……さすがに危なくないですか?」
「ふむ。そうだな」
尤もな意見に、前代魔王は腕を組んで同意を示す。
「バース。貴様には魔物界を守ってほしい。我がここを留守にする間に、なんとか頼めないだろうか」
「お、俺が、ですか……?」
バースが驚きに目を見開く。
「で、ですが魔王様。俺じゃ魔物界を守れませんよ……?」
「むろん、こちらでも手は打つさ。――アリシア、お願いできるか」
「はーい」
アリシアは懐から杖を取り出した。軽く先端を振り回しながら、瞳を閉じ、何事かを集中しはじめる。
次の瞬間、バースは淡い光に包まれた。
「こ、これは……?」
自身を見渡しながら言うバースに、アリシアはドヤ顔で告げた。
「すべての攻撃を無効化する魔法です。まあ、一定期間しか効きませんけど」
「む、無効化……!?」
さすがに仰天したか、素っ頓狂な声とともに飛び跳ねる。
「じ、じゃあ、《無条件勝利》とやらにも耐えられるのか……?」
「そうですね。刺客たちの《無条件勝利》はまだ熟練度が低いみたいですから、それくらいなら耐えられるかと。――ルイスさんには効かなかったですけどね」
「別にいいだろそれは……」
ジト目で見つめてくるアリシアに、ルイスは肩を竦めて答えた。
「で、どうだバース。任せられそうかよ?」
《無条件勝利》さえ対策できれば、人間たちの素のステータスはそれほど高くない。バースなら充分に張り合えるだろう。
バースは片手をしっかり握りしめると、ルイスたちを見渡しながら言った。
「わかった。ロアヌ・ヴァニタス様がいらっしゃらない間は……任せてくれ」
「フフ。それでよし」
ロアヌ・ヴァニタスは満足げに笑うと、片手をかざして言った。
「――では、魔王城へ転移する。共和国では戦いの連続になるだろう。心していくぞ」