最底辺のおっさんだったから
「…………」
ルイスは小さく深呼吸すると、もう一度、自身を見渡す。
なんとも不思議な感覚だ。
驚くほどに身体が軽い。
無条件勝利とは違い、重くのしかかる疲労も感じない。
まるで、自身と世界そのものが一体となったような……奇妙な感慨だけがある。
「フフ。修行の甲斐があったというものだな」
「むー。ルイスさんだけずるいですぅ」
「駄々こねてる場合じゃないぞアリシア」
見れば、遅れて転移してきたアリシアたちが、新緑の光に包まれながら次々と姿を現しているところだった。
「……はぁ」
思わずため息をつくルイス。
戦場だというのに緊張感のない奴らだ。いや、昔からそうか。
「……魔王よ。あんたのおかげでだいぶ強くなったみてえだ」
「そうか。貴様にはまだまだ上は残されていると思うが……緊急事態だ、仕方あるまい」
千体ものゾンネーガ・アッフ。
そいつらを倒したことで、かつてないほどにステータスが上昇した。
と同時に、《無条件勝利》の熟練度がグングン伸びていき――ついに、このスキルは進化を遂げた。
絶対勝利。
絶宝球そのものの力に、近づきつつあるということだ。
「な……なぜだ!」
突如、甲高い絶叫が聞こえた。
フレド村の村長――ロータスだ。
地面に突っ伏しており、動くことはできていないようだが、かろうじて意識だけは残っているようだ。さすがは魔王が認めるくらいの実力者ということか。
「なぜ帝国に刃向かう!? 貴様は帝国人だろ! その力で帝国に協力すれば、盤石な人生を築けるだろうが!!」
「…………そうだな。そう思ったこともある」
けれど。
ルイスはこれまで、何度も見てきたのだ。
帝国人を《テイコー》と蔑み、長期的に差別を行ってきた共和国の住民たち。彼らは決まって、ルイスらに白い目を向けてきた。理不尽な暴力を振るわれたこともある。
それでも。
フラムをはじめ、わかりあえる人もいた。ルイスが《テイコー》とわかってもなお、手を差し伸べてくれる人たちがいた。
アリシアやアルトリアだってそうだ。
ルイスが《不動のE》だとわかっていて、それでも優しく接してくれた。もう自分なんて生きている価値もないと思っていたのに、そんなことはないと彼らは言ってくれた。
だからこそ、いまのルイスがいる。
だからこそ、帝国の危機を救うことができたと思う。
「……差別なんてよ、意味ねえんだよ」
「…………んあ?」
うつ伏せたまま、ロータスがわけわからないといった声を発す。
「俺はずっと自分の殻に閉じこもってるだけのおっさんだった。みんなから迫害されて、蔑まれて――みっともねえおっさんだったのによ。それでも、こんな俺を尊敬してくれる奴がいたんだ」
「…………」
「そのおかげで俺ゃ救われたんだ。どんな状況でも、自分を信じてくれる人がいる――それだけでな」
「…………」
「世界を救うなんて、大それたことは考えちゃいねえさ。俺は、同じように苦しんでいる人たちを助けるために……今度は俺が誰かを救えるように……この剣を振るうまでさ」
そのとき、ルイスは脇目でたしかに見た。
背後でうつむいているトカゲ型の魔獣――バースが、驚いたようにこちらを見上げているのを。
「お……愚かな」
まだ余力があるのか、ロータスが続けて言う。
「この状況で、共和国と魔物界に味方するというのか。正気じゃない……」
「ふん。俺だって信じられんさ。どっかの家族の影響かねぇ」
言いながらアリシアをちら見すると、アリシアが「え、私ですか?」というような顔をした。
「馬鹿者が……そ、そんなこと、できるわけが……ない……」
そこまででロータスの声は止まった。もう息絶えたようだ。念のためざっと他の人間たちも確認するが、意識のある者は残っていない。
「ロータス……たわけ者が……」
前代魔王が小さく呟くのが聞こえた。
「さて、と……」
ルイスは《絶対勝利》を解除すると、改めてアリシアたちを見渡す。
「これからどうするよ? こりゃ、もう修行どころじゃねえだろ」
「そうですね。私もそう思います……」
こくりと頷くアリシア。
「ソロモア皇帝はかなり手際が良いそうで……私たちがモタモタしていると、そのぶん、多くの犠牲が出るかと……」
「ああ……」
それとまったく同様のことをルイスも考えていた。
ルイスたちが異次元に行っている間、今回のようにまた刺客が襲撃してきたら……今度は助けに来られるかわからない。今回だって犠牲者が出なかったわけではないのだ。
ルイスたちが黙りこくっていると、前代魔王がその静けさを破る。
「ふむ。ならば、もうユーラス共和国に戻ってもいい頃合いだと思うぞ? ちゃんと実力もついたしな」
「そ、そうか……」
魔物界からの離脱。
ちょっと呆気ない気もするが、ここに長居する理由もない。とっとと共和国に戻るのが吉だろう。
ルイスが内心でそう決断した瞬間、フラムが口を開く。
「な、なあロア。あんたも来るのか? 私たちと」
「む? なにを言ってる。愚問であろうよ」
口の片端部分をにやりと吊り上げるロアヌ・ヴァニタス。
「二千年前の決着をつけるときだ。我もともに行動しよう」
「は、はは……。マジか……」
引きつった笑みを浮かべるフラム。
帝国人と、共和国人、そして魔王……
なんつー異色の組み合わせだ。
いや、だからこそここまで来られたのかもしれないが。
「よし、ならさっさと魔王城へ……」
ルイスがそう言いかけた瞬間、
「ちょ、ちょっと待て!」
いきなり呼び止めてくる者がいた。
「お、俺も一緒に行かせてくれないか!」
バースだった。