魔獣たちの思い
「あー、ったく! 納得いかねえよ!」
トカゲ型の魔獣――バースは苛立ったように地団駄を踏む。
それだけで地面が抉れ、土埃が周囲に舞った。
「悪ィのはあの人間どもだろ! なんで俺たちがその尻拭いしなきゃなんねえんだよ!」
そうしながら、いまだギャーギャー喚くバース。
ルイスたちが異次元へと去った後、フレド村では微妙な空気が流れていた。バースは若いが、ステータスだけなら村一番の強さを誇る。そのため、他の村民もあまり強くは言うことができない。
「まあまあ、落ち着きなさい」
そう宥めるのは、村長のロータスだ。
「さっきも前代魔王様が仰っていただろう。ずっと種族間でいがみあっていては、今後、平和な世界が訪れることはない。だから我々は――」
「うっせーんだよ! んなこたァどうでもいい!」
大声とともに、近くの民家をドコォン! と殴る。
「あんただって知ってんだろ! 俺の親父は、人間どものせいで……!」
「わかってるさ。だからこそ、我々はいまこそ互いに歩み寄る必要が――うおっ!」
ロータスの言葉は最後まで続かなかった。バースが勢いよく殴りかかってきたからだ。
とはいえ、ロータスも村では経験・実力ともにトップクラス。
いくらバースの攻撃が速くとも、避けることは難しくなかった。
「ちっ……」
攻撃が空振りしたバースはつまらなそうに唾を吐き捨てると、くるりとロータスに背を向けた。
「どうせあんたにゃなに話してもわかんねえよ。俺は、俺のやり方を貫くまでさ」
「……あの人間たちになにかをするつもりか。無駄だ。やめておきなさい」
「知らねェって言ってんだろうがよ」
ふん、と最後に言い捨てると、バースはいずこへと立ち去っていった。
「…………」
「……あの、大丈夫です?」
ひとり立ち尽くすロータスに、一体の魔獣が話しかけてきた。小さなゴブリンだ。
「ああ」
ロータスは自身の膝をパンパン叩きながら苦笑する。
「見苦しいところを見せたね。仕方ないさ。私とて、彼の気持ちがわからないでもない」
「はい……。人間、それも帝国人と協力するのは、僕でもちょっと抵抗ありますもん」
「はは。無理もない」
二千年前の戦争をきっかけに、帝国と共和国はずっと微妙な関係を引きずってきた。
それは魔物界とて同じだ。
もともと人間と魔獣は友好的な関係ではなかったし、それに加え、二千年前には多くの魔獣が帝国に殺された。
向こうで勇者と称えられているエルガー・クロノイスなど、こちらにとってはただの大量殺人犯でしかない。
理屈ではわかっているのだ。
現在の魔物界は、ルイス・アルゼイドに協力すべきであると。
しかしながら、過去のしがらみから、そう素直に人間に協力できない……そんな複雑な思いを、バースを含め多くの魔獣が抱いているに違いないのだ。
だからロータスには、バースの心情も痛いほどにわかってしまうのである。
「平和、か。そのような時代が来ればいいのだが」
ひとり呟くロータスだった。
★
「お、おい、本当にやるのかよ!?」
「当たり前だろが。これしか方法はねえよ」
――フレド村のはずれ。
人目につきづらい建物の裏で、数十人の魔獣がコソコソと話し合っていた。
その中心人物となっているのが、トカゲ型の魔獣――バースである。
「人間どもが《修行》から戻ったタイミングで、もろとも殺してやるんだ。絶対疲れてるだろうから、一番いいタイミングだろ」
「……だ、だが、近くにはロアヌ・ヴァニタス様もいらっしゃるんだろ? おっかねえよ……」
「ロアヌ・ヴァニタス様だってきっと修行後は疲れてるだろ。いけるさ」
「…………」
人間に強い不満を持った魔獣たち。それでいて、バースに匹敵するほどの実力を持った村民。
そんな連中を集めるのは存外簡単なことだった。特に二千年前の戦争を知らない魔獣――そこにバースも含まれるのだが――は、人間にとりとめもなく憎悪を抱いている。
バースは周囲をきょろきょろ見渡してから、声をひそめて言った。
「もし魔王様になにか言われても気にするな。俺が責任を持つからよ」
「バ、バース……。おまえ……なぜそこまでして……」
「ふん。まあ、俺にも色々あるってことよ」
「――お取り込み中、申し訳ない。フレド村というのはここかな?」
「……あ?」
急に聞き覚えのない声に呼ばれ、バースは振り返る。
おかしい。
さっきは周囲に誰もいなかったはずだが……
そしてバースが声の主の正体を悟ったとき、心臓がくり貫けるほどの衝撃を覚えた。
「なっ……! お、おまえ……!」
人間だ。
赤いローブを身にまとっているため、その風貌はよく見えないが、どう考えても魔獣ではない生き物がそこにいた。
「話は聞かせてもらったよ。この村に人間たちが来たようだね」
「あ……あ……」
「ついでに、君たちも殺してあげよう。大人しく散るがいい。スキル解放――《無条件勝利》」