おっさん、最強ランクに勧誘される
勇者の持っていたスキルを、しがないおっさんたる俺がなんで使えるようになったのか――それはルイスにもわからなかった。
いくら書物などで勉強してきたとしても、得られる知識には限界がある。本の世界だけではわからないことも数多くある。四十歳目前にして、ルイスにはあらゆる経験が足りていなかった。
「あ、でも私聞いたことあります」
黙り込むルイスに向けて、アリシアが思い出したように言った。
「その勇者も、最初はたいした剣士じゃなかったんですよね? 世界に危機が訪れて、それで自分の力に目覚めたとか……」
「ああ。それがどうしたよ」
それくらいは知っている。
すっとぼけた調子のルイスに、アリシアは目を見開き、大仰な身振り手振りをしてみせた。
「どうしたって! ルイスさんと! そっくりじゃないですか!」
「いやいや、さすがにそりゃあなぁ……」
こんなおっさんと、二千年前に現れた《伝説の勇者》。
比べるにはあまりに不釣り合いである。
「それに、いまは二千年前とは違うだろ。世界の危機なんて……あ」
そこまで言いかけて、ルイスは口ごもってしまった。
――世界の危機。まさか。
黙ってしまったルイスに次いで、今度はプリミラ皇女が言葉を引き継いだ。
「思い出しましたか。この襲撃の、あまりの違和感に」
「え、ええ……。魔獣たちにたいした知力はないはずです。なのに、奴らは《隠し通路》を開ける呪文を知っていた……」
それこそサクセンドリア帝国の機密事項とも言える情報である。
それが横流しされ、あまつさえテロに用いられた。
なにかしら裏があると見たほうが妥当である。
まあ魔獣とはいえ、階級の高い奴らになると話は別だ。魔王やその幹部などは、たしか頭がいいはずである。
しかし、それにしても不自然さは拭えない。サクセンドリア帝国は数百年に渡って平和が続いてきた。その機密情報を盗むなど、いくら魔王とて困難なはずだ。
考え込むルイスに、プリミラ皇女は続けて言った。
「最近、隣国に不審な動きが出始めています。……私の立場では、詳しいことは申し上げられませんが」
「隣国……ユーラス共和国ですか」
「はい。我が国を取り込もうとしている可能性は否定できません」
「……まあ、かの国とはかねてから仲が悪かったですからねぇ」
それでも、兵力が拮抗していたために表向きは平穏な交流が続いていた。それが崩れつつある――ということか。
魔獣の脅威に続いて、隣国の不穏な動き。
「世界の危機……ってやつですか」
「ええ。ですから私はお願いしたいのです。ルイスさんに、世界を救っていただきたいと」
「……はは、なるほど。そうですか」
皇女様直々に、世界を救ってくれと頼まれる。
以前のルイスならば、願ってもいない状況だろう。
「ま、こんな情けないおっさんにできることは限られてます。できる範囲でなら、協力致しますよ」
「ありがとうございます!」
プリミラ皇女はそこでぱっと満面の笑みを浮かべた。
可愛い――と思ってしまったのは内緒である。隣のアリシアがなにやら殺気を放ってきたので、だらしない顔をするわけにいかなくなったのだ。
「では、早速手配しましょう。ルイスさんは冒険者ですよね? 失礼ですが、ランクはどれほどでしょうか?」
「ええっと。それが、ですな……」
言いにくかったが、素直に答える。
「Eです。わははは」
「……へ?」
「恥ずかしながら、このスキルがなきゃ、なんにもできないおっさんですから……」
「なるほど。わかりました」
プリミラ皇女はそこで瞳を閉じると、決然と言った。
「それならば、皇族の強権を使うまでです。あなたをランクSにしてさしあげましょう」
「はっ!?」
思わず変な声を出してしまった。
「ラ、ランクSって、帝国でも三人しかいない最強ランクじゃないですか! 駄目ですよ!」
「なにを言うのです! このままランクEが続けば、ルイスさん、ギルドとの契約が破棄になってしまうではありませんか!」
そう。
ルイスは間もなくギルドを追い出される。
四十を過ぎても昇格できない戦士は、穀潰しと見なされ、クビになるのが習わしだ。
「Sがご不満ならば、せめてAに致します! どうでしょうか?」
「皇女様。……お言葉ですが、私、ギルドを抜けようと思います」
「……へ? なぜです?」
「それは……」
ルイスが答えようとした、その瞬間。
「プリミラ様! ご無事ですか!」
おどろおどろしい足音とともに、大勢の兵士たちが駆けつけてきた。
いまさらながら、サクヤの呼んだ増援がやってきたようだった。