おっさん、こんなのには慣れています。
この後のカタルシスは保証しますので、
ぜひともお付きあいお願いします……!
「ふ……ふざけるな!」
ふいに、どこからか喚き声が聞こえた。
「さっきから聞いてりゃ……どう考えてもおかしいだろ! 魔王様が殺されたのは人間のせいだ!」
声の主は、リザードバースという種族の魔獣である。
黄色がかった鱗が特徴的な、トカゲ型の魔獣だ。線は細いが身長は高く、顎から飛び出る牙がなんとも禍々しい。
魔獣の年齢はルイスたちには判別しかねるものの、かなり若いんだろうな――とルイスは直感した。声のトーンが他の魔獣より数段高いのである。
「バース……。やめんか、みっともない」
ロータスが眉間をおさえながら注意する。なんだか面倒くさそうな表情だ。
反面、他の魔獣たちはバースと同様、ルイスにやや懐疑的な視線を向けてくる。
まあ、人間がいきなり乗り込んできたうえに、そのタイミングで魔王が殺されたのだ。疑われても仕方ない。
バースはそんな空気に勢いづいたのか、ルイスをぎろりと睨みつける。
「その人間どもが現れてから魔王様が殺された! おかしいだろうが! そいつは疫病神だ!」
「…………」
まあ、この指摘そのものはあながち的外れではないと思う。
もし件の刺客が帝国からの差し金であったなら、ルイスを始末しにきた可能性も充分に考えられる。つまり、ルイスたちのせいだ。
――とはいえ、こっちとしても、好き好んで魔物界に来たわけでもないのだが。
「しかしな、バースよ。この人間たちに世界の命運がかかっているのだ。ここはいったん我慢を――」
「うるせぇ! 人間なんかに助けてもらう義理はねぇよ! 早く魔物界から出て行け! 殺されねえうちにな!」
――あぁ。
ルイスは思わず大きな息をつく。
サクセンドリア帝国やユーラス共和国に続いて、ここ魔物界でも。
俺たちは結局、こうやって迫害される運命なのか。
たまには暖かく歓迎されてみたいものだ。
「なにしてる! 出て行け! そして二度とその面を俺に――」
いきりたったバースの前に、ロアヌ・ヴァニタスが立ちふさがる。
「そのへんにしておけ。若者」
「うっ……!」
さすがの彼も前代魔王の威圧には適わないようで、数歩後ずさるや、一瞬にして押し黙った。
「さっきもロータスが言っていただろう。色々思うところはあろうが、この人間たちは最後の希望だ。冷静になれ」
「で……でも、俺は納得できないっすよ!」
両手を大きく広げ、あくまでも反論するバース。
「人間はいつもこうだ! 問答無用で俺たちを殺して……! 人間なんてクソくらえですよ!!」
「そうだな。我も二千年前は同じように考えておった」
「え……」
「聞け若者よ。互いに憎み合っていては、たとえ帝国を滅ぼしても同じことが起きる。互いの可能性を信じろ」
前代魔王のその言葉で。
ルイスは、いままでの旅路を思い出した。
アルトリア・カーフェイは、余所者のルイスを暖かく受け入れてくれた。おかげで、ルイスはさらなる力と自信を手に入れた。
帝都サクセンンドリア。ルイスと冒険者ギルドは、かつての仲はさておいて、ともに神聖共和国党の陰謀を阻止した。おかげで帝国は救われた。
ユーラス共和国。フラム・アルベーヌは、ルイスの出自を気にすることなく、ここまでついてきてくれている……
互いを憎み合うことなく、信じあったからこそ、みんなが救われた。
ひょっとしたら。
傀儡として散ってしまった勇者エルガーも、本当はそんな世界に導きたかったんじゃないか……?
「どうした。我の言うことが聞けぬか」
「ぐ……」
結局、前代魔王に根負けした形でバースは引き下がった。悔しそうにルイスたちを睨んでいる。
「みなさま、えっと、申し訳ございませんでした」
ロータスが深く頭を下げてくる。
「ご存知のように、我々のなかには人間をよく思わない者が多く存在します。どうかお許しを……」
「はは。いいですよ。慣れっこですから……」
後頭部をさすりながら笑うルイス。こんなことでいまさら動じることはない。
おそらく、前代魔王がいなければ、ルイスたちはこの魔物界で生きていることすら困難だろう。バースだけでなく、他の魔獣たちもこちらに白い目を向けている。前代魔王の存在があるからこそ、ルイスたちはなんとか命を繋いでいられるのだ。
そういう意味では不幸中の幸いといえた。
「しかし……ふむ。妙だな」
急に考え込むロアヌ・ヴァニタス。
「ん? どうしたよ」
「いや……なんでもない。そんなことより修行だな。時間もないから厳しくいくぞ」
「修行って……ここでやるんですか?」
問いかけるアリシアに、前代魔王はニヤリと笑った。
「それでは刺客どもに気づかれてしまう可能性があるからな。――こうするのさ」
ぱちん、と。
前代魔王が指を鳴らした瞬間、ルイスたちの視界が急転した。