おっさん、刺客に狙われる。
★
「ん……」
ルイスはぼんやりと目を開ける。
古ぼけた木製の天井。
吊された黄色いランプ。
視線をずらせば、すこし離れたベッドでは、アリシアとフラムがそれぞれ寝息を立てている。
そうか、ここは……
ルイスはゆっくりと上半身を起こすと、思いっきり両手を伸ばした。凝り固まった筋肉がほぐされ、思わず「あぁー」と息を漏らしてしまう。
我ながらおっさんだ。
ロータスはかなり上等なベッドを提供してくれたようだ。ずいぶんと気持ちよく眠ることができた。昨晩は食事も入浴も堪能したし、いい気分である。
とはいえ、魔物界は陽光がないのが欠点だ。たぶんもう朝のはずだが、窓から見える風景は、相も変わらず血塗られた曇天。すがすがしい光景とはいえない。
「ふぁあ……」
アリシアが寝ぼけた声とともに身体を起こす。目が半開きになっており、なかなか間抜けな格好だ。
「あれぇ、ルイスさん、もう朝でしゅか……?」
「そうだ。今日はロアが修行をつけてくれるみてえだからな。気合いを入れんと」
昨晩の話によれば、神聖共和国党の召還術で呼び出された魔獣は、本来の力を出し切れないのだという。召還術は便利な反面、そういったデメリットもあるのだとか。
であれば、あのデタラメに強かったロアヌ・ヴァニタスもまだ力を隠し持っていることになる。修行の相手としては贅沢すぎるといえよう。
「お……」
次いでフラムも目を覚ましたようだ。片目をこすりながらルイスたちを見渡す。
「おはよう。そうか、ここは魔物界だったな……」
「ま、信じられんことにな」
ルイスは肩を竦めてみせると、ひょいと床に足をつけ、立ち上がった。
「とりあえずリビング行こうぜ。こうして寝てる間にも、帝国じゃなに起きてるかわかんねえからな」
「はい……!」
「あいよ……!」
寝起きながらもしっかりとした返事をする二人だった。
ところが、リビングには誰もいなかった。ロータスはおろか、ロアヌ・ヴァニタスの姿すら見られないのだ。
怪訝に思ったルイスたちは、ひとまず外に出てみることにした。
★
「な、なんだ……!?」
ルイスは思わず大きい声を発してしまった。
フレド村。
昨日は物静かな村だったのが、ずいぶんとざわついている。ゴブリンや骸骨剣士など、見たことのある魔獣が身を寄せ合ってヒソヒソと話しているのだ。
井戸端会議のような雰囲気ではない。すべての魔獣が緊張した面持ちを浮かべている。
この空気……。尋常じゃない。
「おお、起きたか人間たちよ」
そう言って駆け寄ってきたのは、前代魔王ロアヌ・ヴァニタスだ。珍しく声音に焦りが感じ取れる。
「おう。どうしたんだよ。なんか事件か?」
「ああ。……思った以上に大変な状況になってきた」
「え……」
「ガーラス……現代魔王が殺害されたようだ。昨夜のうちにな」
「な、なんだと……!?」
無意識のうちに変な声を出してしまう。
「どういうことだよ!? いったい誰が……!」
「わからない。だが……我はどうしても嫌な予感がするのだ。魔王城は難攻不落の城塞。正面から攻めるのは相当に難しいはずだ」
「……正面から攻めるのは難しい……ってことは裏道かなんか……」
そこまでルイスが言いかけたところで、アリシアが「あっ」と目を見開いた。
「たしか、魔王城には魔物界とユーラス共和国とを結ぶ門があるって言ってましたよね……? もしかしたら……」
「ちょ、ちょっと待てよ」
フラムがぎょろりと目を剥く。
「ユーラス共和国の人間が現代魔王を殺したってのか? いくらなんでもそれは……」
「いえ、そうじゃなくて……」
アリシアが言いづらそうに目を白黒させる。申し訳なさそうにルイスとフラムとを交互に見やり、しゅんと俯いてしまった。
その様子を見てすべてを察したのだろう、フラムが乾いた笑みを浮かべる。
「う、嘘だろ……。ま、まさか、ユーラス共和国が帝国に乗っ取られたってことか……」
「わ、わかりません。現段階ではなにも……」
気を使って黙り込むアリシアだったが、ルイスはたぶんその推測通りだろうと察していた。
現代魔王ガーラス。
実際の強さはわからないが、魔王と呼ばれるくらいだ、相当な実力を持っていることは想像に難くない。
そんな魔王が、一夜にして殺された……
これほどの所行、普通なら無理だ。
――理を超えた力でも使用しなければ。
黙りこくる一同に向け、ロアヌ・ヴァニタスは力強い声で言う。
「とにかく、相手も本気でこちらを潰しにかかっているようだ。あまり悠長に修行している暇はない」