勇者の遺志を継いだおっさん
「…………」
ルイス・アルゼイドは、呆けたまましばらくなにも言えなかった。
いままで不可解だった出来事が、すべて一本の線につながるのだ。
二千年前の戦争。
勇者エルガーの過去。
ルイスとアリシアのスキル。
それらすべての話が、ルイスにとって衝撃的だった。
「しかし……フフ。不思議なものよな」
ふいにロアヌ・ヴァニタスがおかしそうに笑う。
「なんの因果か、《無条件勝利》と《古代魔法》の使い手がともに行動していようとは。さすがに我も驚いたよ」
「そ……そうか……」
言われてみればそうだ。
鏡宝球はスキルをコピーすることはできても、それ以上の能力はないはずだ。
「……じ、じゃあ……」
アリシアが頬を赤らめながら言う。
「私とルイスさんは……その、運命の相手で……奇跡的に出会えたってことですか……?」
「うむ。そういうことだ」
「そ……そう言われるとちょっと恥ずかしくなりますね……」
「…………」
ひとり頬をおさえるアリシアを、フラムが冷たい目で見やっていた。
「こほん」
ルイスは再び咳払いすると、前代魔王に訊ねる。
「待てよ。じゃあ、なんで俺のスキルは《絶対勝利》じゃねえんだよ。勇者からコピーしたんだろ?」
「……さっきロアヌ・ヴァニタス様がおっしゃったでしょう。絶宝球の力は強すぎるのですよ」
そう答えたのは、さきほどまで聞き役に徹していたロータスだった。紫色の肉をフォークで弄びながら言う。
「いくら鏡宝球といえども、同じ宝球の能力をコピーするには負担が大きかったのです。……ですから、やや弱体化された状態でコピーされたのかと思いますよ」
「そういうことだ」
ロアヌ・ヴァニタスがしっかりと頷く。
「貴様も感じただろう。《無条件勝利》は使えば使うほど、本来の力を取り戻していく。……そして、いずれは絶宝球そのものに対抗しうる力を得るはずだ」
「む……」
「これでわかったかな。世界を救えるのは貴様たちしかいない。特にルイス。貴様に世界の命運がかかっている」
「…………」
「貴様にとっては、故郷たる帝国を敵にまわすことになる。……それでも、戦ってくれるかな」
前代魔王の強い眼光を、ルイスはしかと受け止めた。
――勇者エルガー・クロノイス。
彼は帝国と共和国の間で板挟みになり、苦しみながら戦うことになった。本当は戦争などしたくなかったのに、故郷を守るために剣を振るった。
さぞ……長く苦しい葛藤に苛まれてきただろう。
そして、いま。
二千年の時を経て、勇者の遺志はルイスに引き継がれた。
正直に言って、荷が重い。
ルイスはつい最近まで平凡以下のおっさんだったのだ。
そんな男が世界を救うなんて――笑い話もいいところである。
でも。
「愚問だな。魔王よ」
「む?」
「ついさっき風呂場でも話したことだ。こんなものは平和じゃない。たとえソロモア皇帝陛下を敵にまわすことになっても……俺たちは戦う」
「そうですね」
アリシアが決然と言葉を引き継ぐ。
「なによりも、ユーラス共和国にはお世話になった方々がいます。たとえ敵国であったとしても……いまの状況を見捨ててはおけません」
「アリシア……」
フラムが嬉しそうにぽつりと呟いた。
「だがな」
前代魔王は半笑いとともに言う。
「わかっているのか? 帝国を敵にまわすということは――貴様らの身内に手が及ぶかもしれんのだぞ?」
「それこそ愚問だ。俺に友達はいない」
「私もきっと大丈夫です。お父さんとお母さんが、みんなを守ってくれてるはずですから」
「…………」
さすがの前代魔王も呆れ返ったか、片手を額にあてがい、天井を仰いだ。
「おい聞いてるか、エルガーよ。貴様の後輩は想像以上の傑物だったようだ」
「……なにを言ってる」
「いや、なんでもない」
ロアヌ・ヴァニタスは姿勢を戻して言った。
「元の世界に帰るには、魔王城にある転移門を使うといい。いまは現代魔王が管理していてな。そこからいつでも帰れる」
「そ、そうか……」
案外簡単に帰れそうだ。
いや、さすがのレストも、前代魔王と手を組んでいるとは予想していなかったか。
「だが、このまま帰ってもいまの貴様らでは絶宝球に太刀打ちできない。このロアヌ・ヴァニタスが貴様らのスキルを徹底的に鍛えあげてやろう。きっと予想もつかないほど強くなるぞ?」
にやりと笑う前代魔王だった。
★
――魔王城。
現代魔王――ガーラス・ゾンダは、玉座の上でひとりため息をついた。
――どうやら、前代魔王ロアヌ・ヴァニタスが帰還したようだ。
同時に人間の気配が三つほど感じ取れる。どこかの村でくつろいでいるようだ。
無事、絶宝球に対抗しうる人間たちを連れてきたらしい。
これでひとまずは安心か。
《絶対勝利》スキルが再び発動した現在、世界の行く末は彼らに任せるしかない。魔王だなんだと言っても、その力は宝球にははるかに劣るのだから。
「ふう……」
ガーラスはニ度目のため息をつく。
とりあえず、今日はもう寝よう。
きっと明日にはロアヌ・ヴァニタスがここを訪れるはず。早く人間たちの修行の準備をせねばならない。
――そのとき。
「な……なんだ」
ガーラスは知らず知らずのうちに呟いた。
見覚えのない気配をふいに感じたからだ。
「ごきげんよう。現代の魔王くん」
「な、なに……!?」
低く籠もったような声が背後から聞こえ、ガーラスは心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖を覚える。
馬鹿な。この俺の背後を取るなどと……!
慌てて振り返る。
「なっ……!」
ガーラスはまたも言いようのない衝撃に見舞われた。
人間だ。
真紅のフードを被っており、詳細な風貌は掴めないが、すくなくとも魔獣ではない存在が、いつの間に魔王城に侵入していた……
「……何者だ、おまえ」
威勢よく放った言葉も、知らず知らずのうちに震えてしまう。
「クク。ユーラス共和国もたいしたことないな。こちらへの《門》は簡単にこじ開けることができたよ」
「な、なんだと……!」
ガーラスはぎょっと目を剥いた。腰を低くし、油断なく人間を睨みつける。
「さては貴様、帝国からの刺客か! こちらへの《門》はユーラス共和国にしか通じてないはずだぞ!?」
「簡単なことだろう。我がサクセンドリア帝国はたったいま、ユーラス共和国を完全に制圧せしめたのだ。これでやっと、我が国は世界一の大国となる!」
「ぐ……!」
「ひいては、裏切り者を始末するよう陛下から頼まれてね。現代魔王くん。君もついでだから殺してあげるよ」
「なんだと貴様……!!」
魔王を相手に大きく出たものだ。
ロアヌ・ヴァニタスには及ばないまでも、現代の魔王を務めるガーラス。ただの人間ごときに遅れを取るわけがない。
「クク……本当にそうかな」
そんなガーラスの心境を見透かしたかのように、人間はヘラヘラと笑う。
「スキル発動……《無条件勝利》」
「なに……!?」
ガーラスが目を見開いた、その瞬間。
人間の周囲にとめどなく湯気が迸り始めた。透明の霊気が突如として発生し、奴をまとっていく。
「ば、馬鹿な……。そのスキルは……!」
無意識のうちにガーラスは数歩後退する。
「皇帝陛下からいただいたものでね。まあ《ちょっと》しかもらえなかったが……それでも充分すぎるほどの力だ」
「…………」
「わかるだろう魔王くん。このスキルさえあれば、君なんて目じゃないんだよ。――さあ、潔く死んでくれないかなぁ?」