おっさんの歴史と勇者の歴史 3
勇者エルガー。
元々はしがない青年だったが、世界に危機が訪れたとき、並外れた力に目覚める――
なんと皮肉なことだろう。
すべて当時の皇帝ギルバースがでっちあげた話だったのか。
「そんな裏が……あったんですか……」
アリシアも呆気に取られたようすで囁いた。
勇者エルガーは、帝国でも知らない者はいないほどに高名な男だ。だから帝国人の憧れの的だったし、アリシアも勇者のようになりたいと必死に修行していた。
だが――真実はひどいものだ。すべて皇族が都合の良いように塗り替えたのだから。
コホンと咳払いをしてから、魔王は話を続ける。
「まあ……とはいえ、エルガーはそもそも平凡な男だからな。帝国でも屈指の魔術師を同行させる形で、二人の戦いは始まった」
そしてルイスとアリシアを見ながら言う。
「その後のエルガーの活躍は知っての通りだ。純朴で真面目なエルガーは、皇帝の言葉にまんまと踊らされた。突破不能と呼ばれた敵部隊を単身で撃破したり、果ては魔物界に乗り込み、魔王ロアヌ・ヴァニタスを倒しにきたりな」
「…………」
「ちなみに、最期までユーラス共和国のために戦った名将……ボノル・ネスレイアもこのとき倒された。ネスレイア……聞き覚えがあるだろう?」
「そうか……レストの先祖……」
「うむ。ボノルは当時のユーラス大統領とともに共和国を発展させてきたからな。さぞかし、勇者への恨みは大きかろう」
「…………」
ルイスの脳裏に、レストの言葉が蘇る。
――俺たちは正義のために戦ってるに過ぎねえ――
――何度も言わせるな。俺は負けねえ……絶対にな――
二千年前の悲劇を繰り返さぬよう、きっとネスレイア家では懸命な修行が行われてきたのだろう。それを思えば、レストが勇者の流儀……心眼一刀流を熟知していたのも頷ける。
思いも寄らなかった。
あの無邪気な男にそんな裏があったとは……
「大丈夫か? さすがに混乱してきただろう」
黙りこくるルイスに向けて、ロアが気遣うように言ってくる。
「いや……いい。続けてくれ」
帝国がああなってしまった以上、ロアの話を無視することはできない。二千年前の真実を知りたい。
ロアはこくりと頷くと、話を再開する。
「ここに至り、いくら純朴なエルガーといえども違和感を覚えるようになった。多くの者が、自分に恨みや怒り、恐怖を抱きながら殺されていく――このことに対し、エルガーは相当な心労を抱いただろうな。自分がやってきたことは本当に正しいのか? 魔獣やユーラス共和国の兵士を殺してきて、本当に良かったのか?」
そして、二千年前の運命の日――
魔王ロアヌ・ヴァニタスと勇者エルガー・クロノイスが激突した日――
「勇者エルガー・クロノイス……。貴様はこのままでよいのか。ここで我を倒して満足か」
「…………」
「貴様も気づいておろう。此度の戦争は、そう一筋縄ではいかぬ。我を倒して、それで平和になるものではないのだよ」
「……お、俺は……!!」
苦しそうに表情を歪ませるエルガーに向けて、ロアヌ・ヴァニタスはこう言い放った。
「思うところがあるのなら、しばらく身を隠してはどうだ。我が魔物界はもう壊滅の一歩手前だ。再建の手伝いをしてほしいのだが」
「え……?」
「交渉成立だな。よし、家に帰って今日は寝るとしよう」
「おい、勝手に決めるんじゃない!!」