おっさんの歴史と勇者の歴史
ほどなくして、ドタドタバッタン! という大仰な音が響き渡った。
「な、なんだ……!?」
思わず首を竦めるルイス。
魔獣の襲来か……!
まさか前代魔王ごと俺たちを始末するつもりで……!
思いがけず鞘に手を添えると、前代魔王が呆れたように見上げてくる。
「違う。この村の村長だ。やっと到着したようだな」
「へ……?」
あんぐりと口を開けている間に、ガタン! と勢いよく扉が開かれた。
「はぁ……はぁ……やっと着きました……」
そんな言葉とともに姿を現したのは、人のよさそうな――まあ人間ではないのだが――長身の男性だった。
限りなく人に近い外見をしているものの、尖った耳は異様に大きく、一目で魔獣だとわかる。背丈も人間の倍近くあるので、なんか殴られたら痛そうだ。衣服は薄い布切れのみで、引き締まった腹筋やら二の腕がちらちら垣間見える。
「やっと来たか。遅かったではないか。ロータスよ」
「いやいや……! ロアヌ・ヴァニタス様がいきなり大量の食材を持ってこいと言うから、急いで集めてきたんですよ……!」
ロータスと呼ばれたこの魔獣が、どうやら村のトップらしい。両手に肉やら魚やらが大量に収まっている。腕も不気味なくらい長いので、一度に多くの物を持ち運べるわけだ。
「それでも貴様ならものの数分で帰って来られただろう。我がいない間に鍛錬を怠っておったな?」
「ギクッ……。は、はは、そんなわけないじゃないで――」
「今後、魔物界でもおそらく大規模な戦闘が起こる。そのときになってからでは遅いのだぞ」
「も、申し訳ございません……」
でかい図体に反して、その実かなりの小心者のようだ。魔王の威圧に当てられ、しゅんと小さくなっている。いまにも泣き出しそうだ。
「あ……そ、その人間たちが……?」
そんなロータスの視線が、ふいにルイスたちに据えられる。
「ああ。紹介がまだだったな。こっちから、ルイス、アリシア、フラム……。絶宝球に対抗しうる三人だ」
「はあ……その方たちが……。初めまして、ロータスと申します……」
そう言って礼儀正しく頭を下げてくる。多くの食材を持っているのに器用なことだ。
「あ、はい。ども。こちらこそよろしくお願いします」
代表してルイスが挨拶を返す。
魔獣と会話するなんてなんとも奇妙な気分だ。
「話は聞いております。いま帝国では大変なことになっているようですね……。いま腕によりをかけて料理をつくりますので、楽しみにお待ちください。ピマロの泥塗りと、デスカイザーの血液炙り、どちらがお好みですかな」
「…………」
おえっぷ、とアリシアが呟くのが聞こえた。
ルイスも同じく動揺を隠しきれない。
共和国では味付けの違う料理に感動できたが、魔物界ではそうはいかないようだ……。餓死する前に生きて帰れるだろうか。
ロアが呆れたようにため息を吐く。
「馬鹿者。人間と我らの味覚を同一に考えるな。我が頼んだ食材があるだろう。あれを使え」
「え……? それって、卵とかレタスとかですか……? あんなゲテモノ、持ってくるわけないじゃないですか……」
「き、貴様……!」
ロアの怒りが頂点に達する。
「阿呆が! 早く食材を調達してこい! もう一度だ!」
「ひ、ひえっ! 申し訳ございません! す、すぐ持ってきます!」
食材をテーブルに置くなり、慌てて去っていくロータス。顔面蒼白、見事な慌てっぷりである。
「まったく、あの馬鹿はいつになったら治るのだ……!」
頭を抱えて唸る魔王だった。
ルイスたちが食事にありつけたのはそれから一時間後のことだった。ちなみに料理人はロータスである。
驚いたことに、ここ魔物界において、人間の口に合う食事がわずかながら存在するらしい。
生野菜のサラダに、たっぷり肉を混ぜたオムレツなど……フレミアに比べるとどうしても見劣りはしてしまうものの、それでも充分に美味しかった。
ロアやロータスはなんかバラバラになった黄色い肉を頬張っている。ほんのり異臭がするし、やはり人間と魔獣の味覚には大きな違いがあるようだ。
それだけに気にかかる。
なぜ、魔物界に人間向けの食事の用意があるのか……
ルイスの複雑な心境に気づいたのだろう、ふいにロアがこちらを見て言った。
「どうだ。口に合うかな」
「ああ……。正直助かったよ。うまい」
「……なら良かった。それはな、エルガー・クロノイスが遺した調理法なのだよ」
「なに……?」
また意外なところで勇者の名が出てきた。
「……どういうこった。さっきから聞いてりゃ、おまえさん、勇者にかなりの好意を抱いてるようだが」
「ふ。《勇者》か。皮肉な呼び名だな」
「え……?」
思わず目をぱちくりするルイス。
魔王はいったん食事を中断すると、真っ直ぐにこちらを見つめた。
「良かろう。二千年前になにが起きたのか……それを話すときが来たようだ」




