前代魔王ロアヌ・ヴァニタス
身体を洗い、心身ともにさっぱりしたルイスたち。
まさか魔物界で入浴することになるとは思っていなかったが、おかげでさっぱりすることができた。湯船に浸かったのも本当に久々だ。お湯になんらかの補助魔法でもかけられていたのか、妙に身体がホクホクする。
「やー。気持ち良かったですねー」
「ああ。生き返った気分だよ」
続けて、アリシアとフラムも風呂場から姿を現す。
「良かったな。さあ、二人とも早く服を着るんだ」
うわずった声で呟くルイス。
言うまでもなくかなり際どい格好をしているので、ルイスとしてはどんな顔をしていればいいのかわからなかった。
「あ。ルイスさん。ひょっとして照れてるんです?」
「あんなに激しい戦い(意味深)をした後じゃないか。そんなに恥ずかしがることはないだろう」
「て、てめぇら……!」
アリシアとフラムはさっきの入浴でかなり打ち解けたようだ。フラムが胸部の大きさついて質問をしたのをきっかけに、アリシアが楽しそうにご高説を始めたのである。
もちろん、そのときもルイスはどんな顔をしていればわからなかったので、ただひたすらに真顔だった。
「うふふ。冗談ですよ。すみません、からかっちゃって」
アリシアは悪戯っぽい笑みを浮かべると、これまたロアの用意した肌着を羽織る。ちなみに同じようなものがルイスとフラムの分も用意してあり、ご丁寧なことにサイズ感までぴったりだ。
なんという至れりつくせり。
有り難い話ではあるが、かといって、ここが魔物界であることを忘れてはならない。
だからアリシアもフラムも、入浴を楽しみながらも油断だけはしていなかった。なにせここは魔獣の住まう村。案内役のロアヌ・ヴァニタスを含めて、味方であるという保証はどこにもない。
「さてと。どうする、これから」
そう言ったのは、同じく肌着をまとったフラムだ。
「そうだな……。とりあえず、ロアの話を聞いてみてもいいんじゃないかと思う。あの《闇の壁》にしても、勇者エルガーにしても、あいつなら色々知ってそうだからな」
「そうですね。それがいいと思います」
とアリシアも同意を示した。
「なんとなくですけど……ロアちゃんは私たちの味方だと思います。もし敵だったら、私たちを倒す隙なんでいままでいっぱいあったはずですから……」
「そうだな……」
それについてはルイスも同感だった。
前代魔王、ロアヌ・ヴァニタス。
警戒は怠れないが、すこしくらいは信用してもいいだろう。
「じゃ、決まりだな。ここは魔物界だ。警戒だけは忘れるなよ」
「はい!」
「りょーかい」
かくして、ルイス一行は脱衣所を後にしたのだった。
「――どうだ、さっぱりしただろう」
「…………」
居間に戻ったルイスたちを出迎えたのは、椅子にもたれかかり、なんか濁った液体を飲用している前代魔王だった。
魔物界にも書物があるようで、片手に古びた書籍を持っている。
「…………」
「なんだその目は。おまえたちもこれを飲みたいのかな」
「いや、そうじゃなくてな……」
「これは元気が出るぞ。ブラッドネス・ドラゴンの鼻くそが材料になっていてな――」
「聞いてねえよ」
というかブラッドネス・ドラゴンの鼻くそ入ってんのかよ。
という突っ込みをなんとか飲み込み、ルイスはため息をついて言った。
「教えてくれ。おまえの目的はなんだ。こちとら、まだなんにもわかってねえんだよ」
「ほう。そうだったな」
ロアは書物を脇のテーブルに置くと、ふわわわぁと両手を伸ばした。
「心配せずとも、これから話すところだ。いま村長に飯を作らせている。話はそのときでいいだろう」
「め、飯……?」
その言葉を聞いた途端、後ろのほうでぎゅるるるるぅという盛大な音が聞こえた。
振り返ると、フラムが恥ずかしそうに腹を抱えているのが見えた。
ロアはくくくっと笑うと、紅の眼窩でルイスらを見渡しながら言った。
「焦る気持ちはわかる。だが、いまの貴様らに必要なのは休むことだ。いままでさんざん動いてきたんだろう」
「…………」
ルイスはしっかりとロアの目線を受け止めると、はぁとため息をついて言った。
「そりゃま、確かにその通りだとは思うよ。だが、おまえさんに言われても違和感しかなくてな」
「え……!?」
え、じゃねえよ。
「――本当に、しばらく厄介になってもいいんだな?」
「構わぬよ。さっきからそう言っておろうが」
やれやれと肩を竦める前代魔王だった。