だいたんな皇女
あとには静寂だけが残された。
あれだけ多かった魔獣たちが、ルイスの手によってものの数秒で惨殺されたのだ。アリシアも、そしてルイス本人も、ぽかんと口を開けて立ち尽くしていた。
やがて。
ルイスはぼりぼり後頭部を掻きながら、とぼけた顔でアリシアをみた。
「なぁ。こりゃあ一体なんだよ」
「わ、私が知りたいです……」
アリシアは一番近くにいた魔獣のそばにしゃがみ込むと、そっと手に触れてみせた。
「たしかに死んでますね……。正直、なにが起きたのかよく見えなかったんですけど……」
「俺もよくわかんねえ。急にレベルが上がったと思ったら、妙なスキルを手に入れて――それを使ったらこうなった」
「え、レベルアップ?」
立ち上がったアリシアが小首をかしげる。
「ルイスさん、レベル上がったんですか?」
「ああ。ようやく上がったみてえだな。ずいぶんと長いこと待たされたが……」
だが、それと引き換えにルイスはすさまじいスキルを得た。
無条件勝利。
具体的な内容はわかりかねるが、チートじみたスキルなのは間違いあるまい。あれほど多かった魔獣を、たった数秒で蹴散らしたのだから。
「ふふん。ということは――」
なにを思いついたか、アリシアがにんまりと笑う。
「さっき倒した骸骨剣士で、経験値をがっぽり稼いだんでしょうね」
「だろうな。それがどうしたよ」
「さて問題です。誰のおかげでその骸骨剣士を倒せたでしょう?」
あ、なるほど。
ルイスはこほんと咳払いをすると、アリシアのそばに歩みより。
彼女の頭を撫でてやった。
「あっ」
「……おまえの言う通りだったよ。あそこで諦めてたら、レベルアップしねえまま死ぬことだった。それだけじゃねえ。自分を大事にしろって俺が散々言ってきたのに……俺自身が守れてなかったようだな」
「てい!」
「いてっ!」
いきなりチョップされた。
「ルイスさん。女の子はね、男の人のエッチな視線に気づくものなんですよ」
「はっ?」
いきなりなにを言い出すのか。
「私、知ってます。ルイスさんが一日に何回も私の胸見てきてるの」
「し、仕方ねえだろ。だからなんだよ」
「だから、その、ルイスさんは胸の大きい人が好きなんですよね? 私を貰うという選択肢も悪くないかと」
「ば、馬鹿かよ。なにを言い出すんだ」
彼女は若くて美人だ。
冴えないおっさんとはどう考えても釣り合わない。
「おまえはもっとしっかりした男を見つけろよ。俺みてえなしょうもねえおっさんに付いててもいいことねえぞ」
すると、
「えいっ!」
「いてっ!」
いきなり足を踏んできた。
「これは罰です! さっきの、女に心配かけさせた件はこれで帳消しにしてあげます!」
「はぁ?」
もうなにがなんだかわからない。
話が二転三転しすぎである。
これだから若い女は苦手なのだ。
そうして二人でぎゃあぎゃあ騒いでいると、
「――お取り込み中、申し訳ございません。少々よろしいかしら?」
いきなり女の声がして、ルイスとアリシアは身を竦ませた。二人同時に振り返り、そして二人同時に驚愕する。
「あ、あなたは……」
「ま、まさか……!」
視線の先には王室へと繋がる扉があるのだが――そこに女性が立っていた。
ふわふわとした金髪が、腰のあたりまで伸びている。身長はかなり低い。十代の中盤に差し掛かったあたりだろう。幼さの残る丸顔に、上品な赤いドレスは、やんごとなき身分を連想させる。
――いや、やんごとなき身分ってどころの話ではない。
「「プリミラ皇女!?」」
二人して叫んでしまう。
女性は唇に指をあてがうと、くすすと控えめに笑った。
「ええ。サクセンドリア帝国・第二皇女、プリミラ・リィ・アウセレーゼと申します」
「こ、これはこれは……!」
慌てて片膝をつこうとするルイスたちを、プリミラは片手を振って制した。
「結構です。そのままにしていてください。私たちは助けてもらった身ですから」
「……ということは、見られてたってことですかな」
「ええ。お父様には逃げろと言われましたが、皇族たるもの、難事に目を背けてはいけません。こっそり、ドアの隙間から覗かせていただきました」
「そりゃあまた……」
第二皇女はかなり大胆な性格をしていると聞いたことがある。かなり可愛らしい見た目だが、その噂は当たっていたようだ。
「ルイスさん。たしか《無条件勝利》というスキルを得たと仰っていましたね?」
「ああ、はい。そんなようなスキルでした」
「伝承によれば、それはかの伝説の勇者――エルガーも持っていたスキルだそうです」
「なっ……そ、そうなんですか」
そこまでは知らなかった。