三人の決意
ルイスの背中を洗いながら、アリシアが言う。
「ルイスさん、力加減はどうですかー?」
「お、おう。いい感じだよ」
「ふふ。何気に初めてですよね。ルイスさんとお風呂入るの」
舐めてもらっちゃ困る。
こちとら女の子との入浴そのものが初めてだ。
しかも魔物界でそれが実現するなんて――人生、なにが起きるかわかったものではない。
アリシアもさすがに恥ずかしがって、バスタオルを全身に巻いている。おかげで目のやり場に困ることはない。
「あ。ルイスさん。いま変なこと考えましたね」
「……不可抗力だ」
「ぶーぶー。ルイスさんのえっち」
「いちいちうるせえ奴だな……」
その後もくだらない掛け合いを続けたあと、アリシアはふと手を止めた。どうしたものかと思ったとき、ぽん――と、アリシアが頭をもたげてきた。
「もし帝国に戻れたら……ずっと、二人でこういうこともできるんですよね……」
「……そうだな」
「……私たちが戦わなくても、帝国はもう平和になりました。ヴァイゼ大統領も、レストさんも……姿を消しましたし」
「ああ……」
そしてリッド村に帰り、このまま家族みんなで幸せに暮らしていく……
なんと夢のような話だろう。たしかに願ってもないことではある。
けれど。
ルイスには、アリシアの言わんとしていることが痛いほどにわかった。
帝国は平和になった。
ルイスとアリシアは帝国人だし、帝国にさえ到着すれば問題なく受け入れられるだろう。あの靄を見た感じだと、皇帝ソロモアは共和国を属国化し、帝国そのものの格を上げようとしているようだった。
でも、とルイスは思う。
それでいいのか――と。
なかば自分に語りかけるように、ルイスはぽつりぽつりと話し始めた。
「共和国に行って……感じたことがある。たしかにみんな帝国を嫌っていたが、その本質はなんてことない、普通の人間だった」
「はい……」
そのなかで、出会って良かったと思える人もたしかに存在した。
フラムはもちろん、彼女の母親に、ギルドの新人受付嬢など――素晴らしい人も間違いなくいたのだ。
ルイスは思う。
ヴァイゼ大統領の煽動さえなければ、もしかすれば、共和国人とも理解しあえたのではないか……と。
もちろん、途方もない話ではある。
帝国と共和国の微妙な関係は二千年も続いてきたのだ。
そう簡単に決着がつく話ではない。
それでも。
「なあアリシア。こういうとき、アルトリアのじいさんならなんて言うだろうな」
「え……?」
「ワシらみんな家族じゃ! とか言って、共和国の人たちも助けたりしそうじゃねえか?」
「…………」
アリシアはしばらく黙考したあと、「ふふ」と笑って言った。
「そうですね。きっとお父さんならそう言うと思います」
「俺もそう思うよ。世界を救うなんて大それた話だが――このまま帝国に帰って、俺たちだけノホホンとくつろぐことはできない」
「…………」
「だから俺は戦うよ。こんな平和は間違ってる。皇帝にガツンと言ってやるさ」
「ルイスさん……」
「――その話、本当か……?」
ふいに新たな声が聞こえ、ルイスは思わず背筋を伸ばした。
慌てて振り返れば、同じくバスタオル姿になったフラム・アルベーヌ。アリシアに比べて凹凸は少ないが、なかなかしなやかな肢体を――じゃなくて。
「お、おまえ、いつの間にここに……!?」
「い、いや。ロアに《ちょうどいい頃合いだから入れ》と言われてな。そしたら……」
「あ、あのクソ魔王が……!」
思わず歯ぎしりするルイス。
「あ、じ、邪魔だったか……? なんか良い雰囲気だったし……」
頬をピンク色に染めながら呟くフラム。ルイスをちらちら見ては恥ずかしそうに床に視線を落としている。
「いや、この場合、邪魔なのは俺のほうでは……」
「「そんなことない!」」
くわっと否定してくる二人。
適当に言い訳して退散しようかと思っていたが、ここまできっぱり拒否されてはどうしようもない。
「い、いや違う。そんな話をしたいんじゃないんだ」
フラムは取り直したように咳払いすると、木桶の縁に腰を下ろした。
「……守ってくれるのか? 私の故郷を……ユーラス共和国を……」
「フラム……」
そう呟くルイスを、フラムはすがるように見つめてきた。
今回の事件で、一番心を痛めているのは彼女だろう。
あの靄を見た限りだと、謎の黒兵士たちが共和国を占領し、抵抗者は問答無用で殺害しているように思えた。家族や知人が心配でならないはずだ。
そうだ、とルイスは思った。
俺が戦うべき理由は、ここにもあったのだ。
「安心してくれ。俺ごときに世界を守れるかはわからないが……このまま帝国に帰るつもりはねえよ。ガツンと立ち向かってやるさ」
「私も……私もです」
ルイスの言葉を、アリシアが引き継いだ。
「やっぱりこんな平和は間違ってます。たとえ皇帝陛下が敵になろうとも……私たちは戦います」
「あ、あんたたち……ありがとう……。私……ずっと……」
いままで不安を溜めてきたのだろう、フラムは普段の気丈さはどこへやら、彼女は両目を覆って泣き始めた。
「大丈夫。もう大丈夫ですから」
そんな彼女を、アリシアが優しく抱きしめた。