おっさん、悪戯される。
――フレド村。
魔王いわく、この村にはそんな名称がついているようだった。
魔獣といえど食事をしっかり取らないと生きていけないため、なんと農業や漁業を協力して行っているという。村の至るところには田畑があるし、あちこちに点在する家屋は清潔に清掃されている。
そう。まるで人間の村と同じように……
「昔は互いを食い合う弱肉強食の世界だったのだがな。……フ、魔物界も良い意味で変わってきたものだ」
ロアは諦観の笑みを浮かべると、つかつかと村の入口に向けて歩み出した。
粗末だが木製の門があり、左右を二体の骸骨剣士が警備している。
「おい」
そんな警備兵に対し、ロアはぶっきらぼうな声で話しかける。
ちなみに彼らは、魔王が近寄ったときから緊張のあまり全身の骨をカタカタカタ鳴らしている。
「我だ。通せ」
「ま、まま魔王様! ご、ご機嫌うるわしゅう……」
なんと。
魔王だけでなく、骸骨剣士のような中級の魔獣も言葉を話すのか。以前帝都で戦ったときは、それはもう野蛮な奇声しか発していなかった気がするが。
そんなルイスの思考を読みとったかのように、ロアはこちらを振り向いて言った。
「フ、人間の召喚術は便利な反面、我らの能力を一部落としてしまうのだよ。知能もそのひとつだ。我はそれでも片言くらいは話せたが、他の魔獣どもはそうはいかんだろう」
たしかに。
高度な知能を持つという古代魔獣さえ、言葉を発することはついぞなかった。それでも行動の端々に知性を感じられたが。
ルイスが感心していると、骸骨剣士がこちらを見てぎょっとした。
眼球ないけど。
「ま、魔王様……? そこにいるのは……まさか……」
「見てわかるだろう。人間だ」
「に、人間……!? あの野蛮な人間どもですか……!?」
「ふう……」
瞬間、ロアの視線が一瞬にして怜悧になった。呆れたような、それでいて切ないような――そんな複雑な感情が垣間見えた。
「貴様、まだそんな古い観念に縛られておるのか。あれほど口うるさく言っておろうに」
「も、申し訳ありません……。しかし私には、やはり人間など……」
「ならば教えてやろう。二千年前の悪夢が再来した。サクセンドリアの皇帝が、絶宝球を使用した」
「え……!?」
「通せ。そんな古い観念に捕らわれていては、我らとて生きていけぬ」
「し、承知しました……! 数々の無礼、大変失礼いたしました……!」
「ふん。わかればよいのだ」
魔王が頷くと、骸骨剣士らはさっと左右に避け、門を開錠した。ギギギギギ……と重たい音が周囲に響きわたる。と同時に、ニ体の骸骨剣士がルイスたちに向けて深く頭を下げてきた。
「こ、これは……入ってもいい、ということなのか……?」
思わず目を白黒させてしまうルイス。
四十を迎えたおっさんといえど、さすがに魔獣の村に入るという経験はない。
「もちろんだ。入るがよい」
ロアは薄い微笑みを称えると、両腕を大きく広げ、ルイスたちを見渡しながら言った。
「人間どもよ、存分にくつろぐがよい。我ら魔獣が盛大にもてなしてやろうぞ」
★
「う、嘘だろ……!?」
ルイス・アルゼイドは思わず目を瞬かせた。
目の前には風呂場。
魔獣でも入れる巨大な木桶が設えられており、ルイスたちのために速攻で湯を沸かしてくれたようだ。鮮やかな湯気がもうもうと立ち上っている。
――まさか魔物界に来て風呂に入ることになろうとは……
さしものルイスも予想外であった。
魔王の強権発動により、村長の家でしばし休めることになったのだが――まず最初に風呂を勧められた。
故郷の件もあるし、そんなことをしている場合じゃない。
そう反論したが、魔王は一向に取り合わなかった。
いわく、ユーラス共和国に行ってからのルイスたちはストレスに晒され続けたはず……
休めるときに休まなければ、いざというとき力を発揮できない……
そう言われてしまったのだ。
考えてみれば、それも最もな話だ。レスト・ネスレイアとの激闘により、身体のあちこちを痛めてしまった。色々ありすぎて忘れてしまったが、ルイスたちはずっと連戦を繰り返してきたのだ。
四十歳のおっさんが動ける限界をとうに超えている。
そう思って、しぶしぶ魔王の提言を了承したのだが……
「ルイスさーん。入っていいですかー?」
扉の向こうからアリシアの声。
「なあ。やっぱり二人で入る必要なくないか? 別々でも――」
「なに言ってるんですか。薪も有限なんですから、そこまでワガママ言えないですよ。さ、入りますよー」
……アリシアと一緒に入浴することになってしまったのは、間違いなく魔王の悪戯心だと思う。




