おっさん、さすがに驚愕する。
――盛大にもてなしてやろうぞ。
その意味を悟ったとき、ルイスは目玉が飛び出るかと思った。
魔物界。無限に広がる荒野。
土地勘のないルイスにはどこになにがあるのか見当がつかないが、魔王はそうでないらしい。やけに自信に満ちた足取りでどんどん前へ進んでいく。
アリシアやフラムも最初戸惑っていたが、さりとて他に行く宛もない。むしろ見知らぬ土地をさまよい歩き、餓死する可能性のほうが高い。
そう判断し、ルイス一行はひたすらに魔王の背後をついていった。
「なんだか……不思議な気分ですねぇ……」
隣のアリシアがしみじみした様子で言う。
「ああ……まったくだ……」
ユーラス共和国に引き続き、またも新たな場所に足を踏み入れることになろうとは。
《無条件勝利》を獲得したあの日から、本当に激動の毎日である。
サクセンドリア帝国。
自分の故郷を守るために出国したのに、思いも寄らぬ展開になってしまった。自分の知らないところで、両国の策謀が高度に行き交っていたのである。
「帝国はどうなってしまったんでしょうか……。お父さんや、お母さんも……」
「さあな。さすがにわからんよ」
ひょいと肩をすくめるルイス。
「けどま、あの二人なら大丈夫さ。そう簡単にくたばるような人たちじゃねえよ」
「だといいんですけど……」
そう言ってうつむくアリシア。いつも陽気な彼女だが、さすがに表情に陰りが見て取れる。
――無理もあるまい。
アルトリアたちがいくら強いとはいえ、あの《闇の壁》は例えようもない恐怖心を想起させた。娘として心配するのは当然の心理だろう。
そしてなにより、彼女自身がこれまでにないストレスに晒されていることは想像に難くない。
彼女はまだ若い。
いくら頑張り屋なアリシアでも、これはさすがに苦しいだろう。
だからルイスは、数秒間だけアリシアの手を握ってみせた。
「俺も正直なにがなんだかよくわかんねえが……こうして生き残れたんだ。生きてりゃきっとなんとかなるさ」
「……へ」
アリシアがぱちくりと目を瞬かせる。
「これは驚きました。ルイスさんがそんな前向きなこと言うなんて」
「…………」
ルイスは思わずため息をついた。
せっかくの励ましが台無しである。
「でも……ありがとうございます。そうですよね、お父さんもお母さんも、きっと頑張って戦ってます。私だけ挫けるわけにはいきません」
そう言ってにっこり笑うアリシアからは、さきほどの陰りは消えていた。
「なんだか私だけ励まされてばかりですね。なんだかずるいです」
「馬鹿野郎。経験が違うんだよ経験が」
ルイスとて、だてにおっさんをやっていない。
まあ、前向きになれたのはこの娘のおかげであろうが。
「……フフ」
ふいに、前方を歩く魔王がおかしそうに笑う。
「な、なんだよ」
「いや。懐かしいと思ってな……。エルガー・クロノイスも、おまえと同じような性格をしていたよ」
「そ、そうなのか?」
「ああ」
そこで魔王はくるりと振り向くと、ルイスたちを見渡して言った。
「アリシア。貴様はさっき我をこう呼んだな。ロアちゃん……と」
「う、うん。卵の頃からそう呼んでたし……」
「それで構わない。ルイスもフラムも、我のことを同じように呼んでくれ」
「…………」
「わ、私も呼べってのか……」
ルイスとフラムは一様に黙り込んだ。
なにしろ魔王を相手に《ロアちゃん》ときたもんだ。もはや違和感しかない。
「べ、別に俺はいいけどよ。なんか理由でもあんのか?」
「そうだな。それは追々話すとして――見ろ、村が見えてきたぞ」
村……?
きょとんとしながらも、ルイスはロアの視線の先を追う。
短い柵に囲まれた家屋の集合地帯。
そこで行き交っているゴブリンなどの魔獣たち。
「…………」
うん。
たしかに帝国でもよく見る村の風景だ。
――そこに住んでいる住民を除いては。
「おい、ロア」
「なんだ」
「盛大にもてなすって……あそこに行くつもりなのか」
「当然だ。我は野宿など御免だぞ」
「…………」
魔獣と共同生活をしろってか。
正気じゃない。
「気にするな。我がいる以上、奴らはおまえたちに手を出せん。たまには良かろう?」
「た、たまにはって……」
ルイスの葛藤をよそに、堂々と村へ歩み寄っていく魔王だった。




