魔王、おっさんの味方になる
静寂が周囲を包み込む。
ルイスはもはや、一言も発することができなかった。
信じられなかったのだ。
帝国人が、共和国の人々を《イチ》と呼び、なかば奴隷のように扱っている……
知らぬ間に、故郷の権威が飛躍的に高まっている……
言ってしまえば立場の逆転だ。
いままで《テイコー》などと蔑まれていた人々が、同じように異国人を迫害している。
「う、嘘だろ……なんだよ、これ……」
フラムに至っては、靄を凝視したまま虚ろな声を出す始末である。
彼女もまた、この現実を信じることができないのだろう。
「これが奴の――ソロモア・エル・アウセレーゼの目的なのだよ」
ふと、ロアヌ・ヴァニタスが静寂を破る。
「圧倒的なる力と知略で、世界のすべてを支配する。二千年前も――当時の皇帝が同様のことを行おうとした」
「二千年前……」
ルイスはぽつりと反芻する。
魔王はこくりと頷いた。
「しかり。これに危機感を抱いた当時のユーラス共和国が、我々に結託を求めてきた……これが真実だ」
「…………」
なんと。
これではまるで帝国が――生まれ故郷が悪者ではないか。
――俺たちは正義のために戦ってるに過ぎねえ――
かのSランク冒険者、レスト・ネスレイアの言葉を思い出す。
真なる黒幕はヴァイゼ・クローディアでもレスト・ネスレイアでもなく、皇帝ソロモアだったということか……
ロアヌ・ヴァニタスの言葉が真実であるという確証はないが、これまでの不可思議な出来事を考えると、ぴたりと整合するのだ。
帝国にだけやたら出現する魔獣。
神聖共和国党の工作活動に、まるで手を出してこなかった皇帝。
そうと気づけなかっただけで、ヒントはそこらじゅうに広がっていたわけだ。
それに……帝国全土に展開された闇の壁。
あんな物騒なものを見てしまっては、魔王の言葉に説得力を感じざるをえない。
「教えてくれ。あの闇の壁はなんなんだ。とんでもない力は感じたが……」
「…………」
魔王は数秒だけ黙りこくると、片手をかざし、靄を消滅させた。続けてこちらを振り向いて言う。
「……気になるところだろうが、その前に身体を休めてほしい。この危機を救えるのは、ルイス……アリシア……おまえたちだけだ」
「なに……?」
「わ、私もですか……?」
「うむ。だが、まだ二人ともスキルの使い方が未熟に過ぎる。気づいただろう。いまの貴様らでは、あのレスト・ネスレイアにさえ適わない」
「…………」
「いまはゆっくり休み、力を蓄えるがいい。この世界は我の庭のようなものだからな。来い、盛大にもてなしてやろうぞ」




