おっさん、魔王と再会を果たす
★
――魔物界。
ルイス・アルゼイドはごくりと唾を呑み込んだ。
目の前では、魔王の卵がひとりでに浮揚している。
「…………!」
アリシアやフラムも、一様に表情を固くした。
――前代魔王ロアヌ・ヴァニタス。
かつてヒュース・ブラクネスと相対したとき、なんの脈絡もなく預けられた卵。なぜこんなものを託されたのか、前代魔王の意図は果たしてどこにあるのか……なにもわからないまま、今日という日を迎えた。
そしていま――ルイスたちが魔物界に追いやられ、手詰まりとなった状況で、卵がひとりでに動きだし……
パキパキパキ。
軽快な破砕音とともに、卵の内部から闇の光が漏れてきた。
「こ、これは……!?」
フラムが警戒心もあらわに目を細める。
それだけに禍々しい雰囲気が伝わってきたのである。
卵から発せられる邪悪な波動は、以前戦ったロアヌ・ヴァニタスの覇気とまったく同じ。フラムが警戒するのも当然といえた。
言ってしまえば、これがラストチャンス。
もし孵化した魔王が、理性もへったくれもない奴で、いきなり襲いかかってきたら――いまのルイスたちでは太刀打ちできない。そうなる前に破壊してしまうのが安全ではある。
だが、ルイスもアリシアもフラムも、もはやそれだけの体力は残っていなかった。レスト・ネスレイアとの激闘により、もうほとんど身体が動かせない。
パキパキ、と。
果たして、卵は完全にその殻を破った。
一際強く闇の光が拡散し、そして収まった頃には、そこに見覚えのある姿が誕生していた。
――漆黒の影。
藍色のマントを羽織り、片手には血塗られた剣。
頭部では紅の王冠が輝いており、嫌でも《王》という立場を感じさせられる。
てっきり赤ん坊の状態で生まれるものと思っていたが、いまルイスたちの目前に誕生した命は、記憶に新しい魔王の姿だ。背丈も以前と同じくらいある。
そして、魔王から伝わってくる圧倒的な力も……
「…………」
前代魔王は数秒だけキョロキョロとまわりを見渡すと、最後にルイスたちに焦点を定めた。
ルイスは思わず太刀に手を添えた。なにが起こるかわからない以上、ただぼけっとしているのは得策ではない。
「……フ」
そんなルイスの心境を知ってか知らずか、ロアヌ・ヴァニタスはふいに口元を吊り上げた。
「案ずるな。我は貴様らの味方。構えを解くがいい」
「な、なに……?」
味方とは。
やはり、生まれてすぐに見た者を《親》と認識したのだろうか……?
「違う」
しかしロアヌ・ヴァニタスは、そんなルイスの考えをきっぱりと否定する。
「二千年前の約束を果たすまでだ。我が友――エルガー・クロノイスとのな」
「え……」
思わず目をぱちぱちするルイス。
エルガー・クロノイスといえば、あの勇者エルガーだと思われる。
だが、友とはどういうことだ? 勇者と魔王が友?
「……詳細は追々話すことになろう。いま、帝国がどのような状況になっているのか……わかっているか?」
「いや……」
ルイスはとりあえずかぶりを振る。
なにが起きているのか、誰が黒幕なのか――なにもわからないまま魔物界に転移されてしまったのだ。知りたいのはこちらのほうである。
「ならば見せてやろう。これが現在、《向こう》で起きていることだ」
言うなり、ロアヌ・ヴァニタスは片手を天へ突き出す。魔王の身体が紅の霊気に包まれ、同時に、白い靄のようなものが現れた。
「す、すごい……」
アリシアが驚嘆の声をあげる。
その白い靄に、見覚えのある光景が映っていたからだ。
そう、あれは首都ユーラス……
ルイスたちが初めて訪れた、ユーラス共和国の街である。
「ま、まさかロアちゃん、これ、リアルタイムの状況を映してるの?」
「そうだ。アリシアも《古代魔法》を極めれば、これくらいのことはできるようになる」
「わ、私が……」
「しかしロアちゃんか……フフ……」
「え?」
「い、いやなんでもない。ともかく、この映像を見ろ」
首都ユーラスに、かつての活気はなかった。
いくつかの建造物は破壊され。
街を歩いている者もほとんどいない。
あちこちで硝煙があがっており、いまだのっぴきならない状況であることが伺える。
――そんななかで、まったく信じられない光景が広がっていた。
「おい、なにしてんだよイチ! 速く飯を持ってこんか!」
「は、はい……」
「あ? 返事が小さいぞ?」
「は、はいっ! 帝国人様!」
命令された共和国人は、かつて国境門でルイスたちを馬鹿にした兵士たちだ。
帝国人に命令され、まるで奴隷のように働かされている。その表情はまさに苦渋に満ちていた。
それだけではない。
「動きがおせぇ! 死にてぇのか!」
「す、すみません! すみません!」
彼らは理由もなく殴られ、罵倒され、ひどい虐待を受けていた。
「こ、これは……いったい……」
目の前の出来事が信じられず、ルイスはぽかんと立ち尽くすことしかできなかった。
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