おっさん、待ちわびた再会を果たす
★
――なんだ、なにが起きている……!
ルイス・アルゼイドはもう、目の前の出来事に思考が追いついていかなかった。
ヴァイゼ・クローディアの策謀により、帝都が炎の海に包まれたかと思ったら。
今度は、帝都方面に漆黒のオーラが出現し。
あれほど苦戦したレスト・ネスレイアを、帝国方面から放たれた可視放射がいともたやすく貫通した。
わけがわからない。
いったい、なにがどうなっている……!
そう考えている間にも、ルイスたちを包む緑色の輝きは刻一刻と光度を増しつつある。ミューミにかけられた転移魔法は、あと何十秒と経たずに発動するだろう。
なんとか防ぎたいところだが、それを行う方法も体力も、いまのルイスたちは持ち合わせていなかった。
背後のアリシアも、消えゆく自分の運命を呪うかのように、悔しさを噛みしめながら言った。
「あれは……ソロモア皇帝陛下の仕業でしょうか……」
「わからん……その可能性はあるが……」
「あの闇の壁はいったいなんなんでしょう……? 帝国を守るためだとは思いますが……その、なんというか……」
「ああ……そうだな……」
アリシアの言わんとしていることを、ルイスはなんとなく察していた。
帝国に展開された闇のオーラ。
あれの影響か、さきほどまで猛威を奮っていた火柱も、明確に目視できた硝煙も、まったく見えなくなっっている。あれが帝国の惨事を救ったことには違いない。
だが――だからといって、ルイスは微塵も安心感を抱くことはできなかった。
信じられぬほどに禍々しい闇の壁。それを見るだけで、ルイスは寒気を覚える。全身に鳥肌が立つ。
いったい、ソロモア皇帝はなにをしたのか――
そして、帝国ではいま、なにが起きているのか――
わからない。ここからではなにをも確認することができない。
「レスト! 起きて、レストー!!」
近くでは、ミューミ・セイラーンが悲痛なる叫びをあげている。力なく横たわるレストに駆け寄り、身体を揺さぶるが、レストは力なく笑うだけだった。
「へへへ……マジかよ……。ヴァイゼのジジイも化け物だが……ソロモア皇帝……あえて俺を見逃してたっぽいなぁ……!!」
「もういい! レスト! なにも喋らないで! 血が……!」
「馬鹿言うんじゃねえ……。さっきも言っただろうが……。俺は、死なねえ……」
「レスト! レスト!!」
ミューミの叫声を最後に。
ルイス、アリシア、フラムにかけられた転移魔法が発動され。
三人の姿は、ユーラス共和国から転移された。
★
次の瞬間には、ルイスたちはまったく見知らぬ土地にいた。
分厚い雲が覆っていたはずの空は、黒ずんだ血の色に。
陽の光などどこにもない。
ただただひたすらに、地平線の彼方まで血の色が広がっている。
視線を下ろすと、赤茶けた砂利で構成された地面。
ところどころに背の低い木が見られるが、どれもが不自然な方向に反り返っており、また枝葉もなく、見ているだけで不安感を煽られるようだった。
それ以外はなにもない。
荒れ果てた荒野が果てしなく続いていた。
「こ、ここは……」
尻餅をついた姿勢で、フラムが呟く。
「魔物界……みてえだな。文献に記された風景とまったく同じだ」
ルイスも同じく、砂利に腰をつけたまま言った。アリシアも似たような姿勢を取っている。
みなレストとの戦闘後で疲れきっているのだ。立ち上がる余力もない。
「帝国は……どうなってるんでしょうか……共和国や、ギルドや神聖共和国党のみんなも……」
アリシアの声に、ルイスは首を振る。
「わからねえ。なにもわかんねえまま……強制転移されちまった……」
まあヴァイゼにしてみれば、ルイスたちは厄介極まりないだろう。
だから異世界に強制転移させ、二度と戻って来られなくしたのだと思われた。
いまは試せないが、アリシアの転移術も、たぶん以前と同じようにかき消されると思う。あのヴァイゼやレストが、そう簡単に帰還できるような方法を残しているとは思えない。
「これからどうしますか……私たち……」
アリシアが力なく呟いた、その瞬間。
――我ヲ、呼べ
ふと、聞き覚えのある声が、ルイスの脳裏に響き渡った。
「な、なんだ……!?」
「なにか聞こえましたね……!」
アリシアやフラムも同じ現象に見舞われたのだろう。二人して目を見開いている。
「アリシア……、卵だ、魔王の卵を出せるか!?」
「あ、はい!!」
「え、なに、魔王!?」
フラムがぎょっとするのを脇目に、アリシアが魔法を発動する。
言うまでもない。
数日前、ヒュース・ブラクネスに召喚され、そして敗れた――前代魔王ロアヌ・ヴァニタスの卵だ。
そして。
――ぽんっ。
アリシアの両手にすっぽりと収まったその卵は、大仰なまでにヒビが割れていた。
二章 ユーラス共和国編 完