みなの思惑
★
「な、な、なんだこいつら……がはっ!!」
「た、助けてママ!! ママぁー!」
「辞めてください、この子だけは、この子だけは……ァ!」
――帝都サクセンドリア。
数日前に過激派右翼団体に襲われ、徐々に復興が進んでいた街を、再び武装集団が襲った。
奴らの名は不明。
黒い装束を身にまとい、ひたすら帝都を破壊していく。目についた住民などは問答無用で殺す。戦闘力だけで見れば、神聖共和国党よりはるかに上。
加えて、いまの帝都には動ける戦士がほとんどいない。正規軍の兵士がいるにはいるが、それもはっきり言って頼りない。
つまり、数日前の襲撃をも超える、大いなる危機……
以上が、老年の剣士――アルトリア・カーフェイの分析だった。
「こりゃまずいの……皇女様の指示で、みんな共和国方面へ向かってしまったようじゃ」
後頭部をさするアルトリアに、ひとりの女性が歩み寄る。
「これが共和国の作戦だったのかもしれません。さすがの皇女様も、ヴァイゼ大統領の策謀には……」
フレミア・カーフェイは思案げな表情で頬をさすった。片手には斧が握られているが、さすがに腕が頼りなげに震えている。
無理もない、とアルトリアは思った。
彼の見立てでは、黒装束の連中はかなり強い。おそらく、AからSランク級の強さを持っていると思われる。つまり全員、アルトリアたちと同等かそれ以上に強い。
さすがに二人では勝てない……
「それでも、誰もいないよりマシじゃろうて。ワシらが帝都を守るしかあるまい」
「そうですね……」
それにしても――
プリミラ皇女ならいざ知らず、ソロモア皇帝はこの事態を見抜けなかったのか。彼は賢明なる帝王だと思っていたのだが。
今回だけではない。
神聖共和国党の工作に対し、ソロモア皇帝は以前から手出しをしなかった。戦争を回避するためだと思われるが、神聖共和国党の工作は一度や二度ではなかった。一国の王として、なんらかの対策くらい講じるべきなのに、王はなにもしなかった。
それはいったいなぜなのか――という謎も、そういえば未解決のままだ。
それに続いて、まんまと大規模な戦闘集団を共和国へ派遣し、今回のような大惨事を招いた……
これはちょっときな臭い。
そう判断したアルトリアは、帝都に入り込み、独自に調査することにしたのだが――その前に大変なことになってしまった。
こうなってしまっては仕方ない。自分の命はもちろん、救える者たちもできる限り救わねば……!
気づけば、黒の武装集団がアルトリアたちを囲っていた。みな油断なく武器を構えている。
思わずアルトリアは苦笑した。さすが強者、ほとんど隙がない。
それでも、必ず活路を見いだしてみせる――!
「いくぞフレミア! 絶対に生きて帰るぞい!」
「承知しました。どんどん血がたぎってきましたので……こいつら全員、ぶっ殺してやるわ!!」
★
「ああ……なんてこと……」
皇女プリミラは眼下の風景を眺め、青白い顔で後退した。
帝都サクセンドリア。その王城。
かつてルイスと相対した謁見の間で、プリミラは両の拳をわななかせていた。
「わたくし……まんまとヴァイゼの手の平で踊らされていたようです……。すっかり術中にはまってしまった……」
「プリミラ……」
そう呟いたのは、帝国の王――皇帝ソロモア・エル・アウセレーゼ。
彼はプリミラの頭にぽんと手をのせると、優しい声で言った。
「これが王族の責任だ。気落ちするのもわかるが、いまは未来のことを考えよう」
「お父様……」
プリミラはゆっくりと父の顔を見上げた。
現在まで帝都を導いてきた帝王は、この大惨事に至っても平然としている。プリミラと違い、慌てている様子もない。
「しかし、この状況でどうしろと言うのです? はっきり申し上げて、もう打つ手は……」
「プリミラ」
ソロモアは娘の言葉を遮ると、コツコツと玉座まで歩み寄り、深く腰を下ろした。
「今日まで、私は共和国の工作に見て見ぬふりをしてきた。それは何故だと思うかね?」
「へ……」
「ついでに言えば、今回の黒幕は我が国のSランク冒険者――レスト・ネスレイアだ。彼だけじゃない。あと二人のSランク冒険者も、間違いなく共和国についている。おそらくヴァイゼは今頃、自分の勝利を確信しているだろうね」
「な、なんですって……!?」
大きく目を見開くプリミラ。
急展開すぎて思考が追いつかないが、しかしどうして、父はそれがわかっていて見逃していたのだ。Sランク冒険者ともなれば、国の大事な情報も自然と知ることになるのに……
「――それはね」
瞬間――
プリミラの全身に怖ぞ気が走った。頭頂部からつま先にかけて、冷たいものが通りすぎていく。
彼女はいま、初めて見たのだ。
皇帝ソロモア・エル・アウセレーゼの、醜く歪んだ笑みを。
「こういうことさ」
ぱちん、と。
ソロモアは短く指を鳴らした。
直後。
帝都サクセンドリア――いや、帝国そのものが、闇色の輝きに包まれた。
★
ユーラス共和国。
国境門付近にて。
「な……!」
レスト・ネスレイアは素っ頓狂な声をあげた。
帝都サクセンドリア。
その方面から、見たこともない闇色のオーラが立ち上っている。それは徐々に範囲を広めていき、帝国そのものを守るかのような、薄い壁となっていく。
なんだあれは。
あんなもの、想定していないぞ……!
と――
「かはっ……!」
レストはふいに呻き声を発した。
帝国方面から放たれた謎の可視放射が、レストの胸を貫通したためだった。




