ヴァイゼ・クローディア
しばらく激闘が続いた。
レストとミューミの連携もなかなかのものだ。
レストが窮地に陥ったときは、ミューミが回復魔法をかけるか、もしくは攻撃魔法でルイスたちを妨害する。
体力的に覚束ないルイスとアリシアのコンビより、よほど精錬されていると思われた。フラム・アルベーヌがいなければ、間違いなく負けていただろう。
それだけフラムの存在は大きかった。ルイスとアリシアだけでは、どうしても体力的にこちらが不利となる。
「はぁ……はぁ……」
激しい呼吸を繰り返しながら、ルイスは地面に突き立てた剣で自身を支える。
もう戦闘開始からずいぶん経った。
互いに決定的な一撃を与えることがないまま、時間とスタミナだけが失われていく。
「こりゃあ……長くなりそうだな……」
「はは……やっぱ強ェよ、あんたら……」
対峙するレストも同様の体勢を取っていた。いつものように無邪気な笑みを浮かべているが、さすがに疲弊が顔に貼り付いている。
アリシアやミューミもそろそろ限界が近づいてきたようだ。二人とも、回復魔法に底が見え始めている。
「はぁ、はぁ……。アリシアって言ったっけ……? しつこいのよあんた、体力ないくせに……!」
「私たちは負けません……。帝国には、お父さんもお母さんも、リュウも……みんないるんです……!」
「はん……。あんな国のどこがいいんだか……!」
魔術師らが遠距離で口論するなか、フラムも同じく、ルイスの隣で膝を落とす。さすがに彼女も疲れたか。
また、周囲においても相当の混戦が繰り広げられていた。
互いに体力の限界まで戦っている。神聖共和国党はもう古代魔獣を召喚する力は残っていないようで、中級の魔獣を呼び出すに留まっている。バハートを始めとする帝国の冒険者もまた、明らかに疲れが見て取れた。
そしてそれは、敵対する黒装束の連中も同様だ。明らかに動きが鈍っている。
まさに泥試合。
みなが己の信念のもとに戦っている。
ルイスはゆっくりと立ち上がりながら、数メートル先で片膝をついている若者を見下ろした。
「不思議だな……レスト。俺たちは初めて戦ってるはずなのに……互いが互いを知り尽くしている気がするよ」
「はは……そりゃ光栄だぜ……」
「答えろ。なぜ心眼一刀流を使える。自分なりに研究でもしたのかよ」
「はっ。どうだろな」
そこまで言うと、レストもゆっくり立ち上がった。
「ひとつ言うなら……帝国で崇拝されてる勇者――エルガー・クロノイスは、実はなんてことねえ……単なる傀儡だってことさ。俺たちは正義のために戦ってるに過ぎねえ」
「なんだと……?」
また勇者エルガーの名が出てくるか。
しかも傀儡とは。いったいどういうことだ。
ルイスが黙りこくっていると、再びレストが口を開いた。
「それからもうひとつ教えてやんよ。今回、俺とミューミが大統領から頼まれたのは……ルイスとアリシア、おまえらの体力を奪うことだ。つまり、これで俺たちの目的は達成」
「え……」
「はは。ヴァイゼのジジイにとっちゃ、俺たちの戦いですら些事でしかねえよ。ほら、見ろよあれ――」
言いつつ、レストはとある一点を指さした。門の向こう側、帝国サクセンドリアのある方角だ。
言われた通り、ルイスがそちらに目を向けると……
――火柱があがっていた。
帝都サクセンドリア。
こちらからでも薄く望むことのできる故郷の首都が、炎に包まれていた。漆黒のおぞましい煙が、もうもうと天空へと立ち上っている。
遠くのほうで、アリシアの悲鳴が聞こえた。お父さん、お母さんと叫んでいる。
ルイスもまた、あんぐりと口をあけたまま立ち尽くすしかなかった。
そんな。
馬鹿な。
嘘だろ……!?
「ルイス。あんたはたいした男だよ。《無条件勝利》だけじゃねえ。あんたの人望で、かつては敵対していた帝国のギルド、神聖共和国党、フラム・アルベーヌ……多くの人間があんたの味方になった」
「…………」
「大統領はそこに目をつけた。あんたの人望を逆手に取ったんだよ。案の定、ピンチになったあんたを、《みんな》が助けにきた。おかげで、元々薄かった帝国の戦力はもう無いに等しい。――こちら側のスパイが、帝国に潜んでいるとも知らずにな」
「…………」
だから……
だから、ルイスたちを今日まで泳がせ続けたのか。
ルイスの始末と、帝国への侵攻……。その二つを同時に、そして確実に実行するために……
「そうは……させるかよ……!」
叫びつつ走り出そうとするが、身体が言うことを聞かない。
レストとの激闘により、体力がもう限界を越えている。むろん、アリシアの《転移》も使えない。
やられた。
ヴァイゼ・クローディア……
なんと狡猾な策士だ。
ルイスは再び膝を落とすと、地面を思い切り殴り、あらん限りの大声をあげた。
「さて、みなさんには生きていられると迷惑です。魔の界へと飛んでいただきますわ……」
ふいにミューミが小悪魔的な笑みを浮かべた。
瞬間、ルイス、アリシア、フラムの身体が新緑の輝きに包まれていく。
――転移魔法。
おそらく、さっきまで彼女が発動の準備をしていた魔法だと思われた。
この後のカタルシスは保証しますので、ぜひ最後までお付き合いしてくださると幸いです……!