昔の罪を
神聖共和国党の党員が、二人、両手をかざした。
なにかしらブツブツ呟いている。呪文を唱えているのだろうと思われた。
紅の輝きが二人を包み込み、そして消える。
瞬間――
「グオオオオオオ!!」
なにもなかった空間に、突如、巨大な猿が出現した。ブラッドネス・ドラゴンにも匹敵する巨大な魔獣だ。
ルイスは再び苦笑する。
筋骨隆々の肉体に、濃紺の体毛、紅に光る瞳……
忘れるはずもない、太古の魔獣、ゾンネーガ・アッフだ。帝国サクセンドリアにおいて、二度目に相対した古代魔獣である。
「相変わらずでけぇなぁ……」
ルイスは思わず呟きを漏らした。
存在するだけで恐怖心を煽ってくるところは、さすが古代魔獣といったところか。
「グオオオオオオオッ!」
ゾンネーガ・アッフは、その規格外にでかい拳を振り下ろす。たったそれだけの所作で暴風が舞い、ルイスの髪を揺らした。古代魔獣の名は伊達ではない。
ズドォン!
強大な轟音とともに、土煙が周囲に漂う。たった一撃の殴打で地面を抉るとは、相も変わらずとんでもない馬鹿力だ。数名の黒装束がまともに喰らったようで、もうぴくりとも動かない。
「オオオオオオオ!!」
別のところでは、ブラッドネス・ドラゴンが漆黒の業火を放出し、兵士たちを焼き尽くしている。
対する敵勢力はもう戦いどころではない。呆気なく古代魔獣に倒されていき、なかば恐慌をきたしている。統率もなにもあったものではない。
「はは……すげぇな……おい……」
ルイスの《無条件勝利》には適わなかったものの、本来、古代魔獣はチート級の強さを誇っているのだ。A、Sランク冒険者程度が集まったところで、いいように蹂躙されるのがオチだろう。
プリミラ皇女には礼を言わねばなるまい。
神聖共和国党を一時的にでも解放するのは、きっと勇気が必要だったろう。最悪の場合、共和国側についてしまう可能性すらあった。そのリスクを背負ってでもヒュースらを解放したのだ。素晴らしい英断といえるだろう。
「ルイスよ。安心するがいい」
そんなルイスの心境を見透かしたかのように、ヒュースはこちらを見て言った。彼の脇ではブラッドネス・ドラゴンが変わらず猛威を振るっている。
「私はやっと、思い出したのだよ。なにより大事なものをな」
「ほう……?」
「帝国には我が娘サクヤがいる。娘に再会するためにも、私はここで倒れるわけにいかんのだよ」
なるほど……
ヒュースらの一時解放には、サクヤが一枚噛んでいたということか。
「――俺たちも忘れないでくれよ!!」
ふいに新たな声が聞こえてきた。
と同時に、いくつもの足音も響いてきている。かなりの大人数が、門の方向から押し寄せてきているようだ。
振り返るまでもない。いまの声は……!
「おるぁぁぁぁぁぁあああ!」
帝国のBランク冒険者――バハートが、近くにいた兵士に斬りかかる。さすがBランクの名は伊達ではない。古代魔獣によって錯乱していた兵士を、見事に無力化した。
彼だけではない。
他にも数十名の冒険者たちが一斉に登場し、神聖共和国党に加勢し始めた。
「俺たちが突破口をつくる! 神聖共和国党は後方で魔獣を召喚してくれ!」
「ああ、すまない! 頼むぞ!」
いくら神聖共和国党が優秀な召喚師といえども、魔獣を呼び寄せる際には若干の隙が生じる。それを冒険者たちがうまくカバーしている形だ。
対する敵勢力はAランク、もしくはSランク級の集まりである。
かなりの強敵であることは間違いないが、両者がうまく連携を取ることで有利に戦いを進めていた。
もちろん、古代魔獣の存在も大きいだろう。
かつて敵対していた両者が共闘している――まさに夢のような光景だった。
ルイスが呆気に取られていると、故郷の冒険者が声をかけてきた。
「ようルイスさん。久々だな」
「バハート……。こりゃ、いったい……」
「見ての通りさ。プリミラ皇女の指示でな。共和国での不審な動きを事前に察知して、俺たちをここまで派遣した」
「そ、そりゃとんでもねえ話だな……」
正直、かなり助かった。
プリミラが気を利かせてくれなければ、いまごろ多くの黒装束どもが帝国に侵入していただろう。
「ま、これがせめてもの罪滅ぼしってやつだ。すこしくらい俺たちにも花を持たせてくれや」
バハートは一瞬だけにかっと笑うと、敵勢力の冒険者らを見やる。みなレストに操られているためか、変わらず虚ろな表情だ。
「話は聞いたぜ。共和国の冒険者ギルドがまるまる敵になってるんだってな」
「ああ……。戦士という戦士が敵になっちまってる」
「はっ。相変わらず難儀なことに巻き込まれるよな、あんたはよ」
バハートは表情を引き締めると、仲間に聞こえるような大声を発破をかけた。
「見せてやろうじゃねえか……! 帝国の冒険者の底力をな!!」
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