おっさんとSランク冒険者
まさに最悪の展開といえた。
いままで味方だと思っていた者が、まさか共和国側についていたとは。
レストに続いて、ミューミ・セイラーン。
Sランク冒険者がこうも敵側についてしまっているとなると、ますます、帝国側の戦力が不安になってくる。
なにがなんでも、この門だけは死守せねばならない。
ルイスは気合いを込めて、太刀の切っ先をレストに向けた。《無条件勝利》があるとはいえ、相手は人外の域に達した者。油断はできない。
「はは。ルイス、ようやくあんたとバトルできるってもんだな」
レストも相変わらずニコニコしながら、獲物――太刀を構える。
「実を言うとさ、俺も、ヴァイゼのクソジジイも、あんたに振り回されてきたんだぜ?」
「……なんだと?」
「本来なら、ブラッドネス・ドラゴンだけで帝都を殲滅できたはずなんだ。それをあんたに邪魔された」
「…………」
なるほど。
あのときから、上級の戦士たちは帝都に存在しなかった。ルイスが《無条件勝利》を獲得しなければ、帝都は間違いなく沈んでいただろう。
「仕方ねえから、神聖共和国党を傀儡にして、前代魔王まで呼び出したのによ。それすら倒しちまうんだからたまげたぜ。これでもだいぶ、あんたに悩まされてきたんだ」
「……そういうことか……」
思った通りだ。
やはり神聖共和国党を操っている者がいたのだ。リーダーたるヒュース・ブラクネスですら、レストにとっては操り人形でしかなかった。
一見して朗らかに話しているレストだが、彼が犯した罪は計り知れない。神聖共和国党が起こしたテロによって、何人もの人々が犠牲になったことか。そしていまも、帝国を乗っ取らんと陰謀を画策している。
断じて許すわけにはいかない。
「レスト……手加減はせん。覚悟はいいな」
「ははっ。そうこなくっちゃな。この俺を、そこらのSランク冒険者ごときと同じように考えないでくれよ!」
――ルイス・アルゼイド。
――レスト・ネスレイア。
二人の間を、一陣の風が舞い、過ぎ去っていく。
周囲の戦士たちに明確な意識はないはずだが、それでも、二人の圧倒的な熱気に怖じ気づいているように見えた。天候すらやや不安定になっている。
かくして。
「おおおおおおっ!」
最底辺のおっさん冒険者と、Sランクの冒険者は同時に駆けだした。
心眼一刀流、一の型、極・疾風。
ルイスが神速で古代の剣技を振るおうとした、その瞬間――
「心眼一刀流、一の型、極・疾風!!」
「なに……!?」
ルイスは思わず目を見開いた。
レスト・ネスレイアが、ルイスとまったく同じ流儀、まったく同じ技を使ってきたからだ。
ガキン!
ほぼ同じ軌道を描いた刀身が、甲高い金属音を響かせながら激突する。
「ぐうっ……!」
ルイスは無意識のうちに顔をしかめる。そのまま剣を押しだそうとするが、レストの膂力も相当なものだった。拮抗した剣の押し合いが繰り広げられる。
まさか、古代魔獣すら一撃で打倒する《無条件勝利》と張り合ってくるとは――
そしてさらに、心眼一刀流の使い手でもあるとは――
これは想像以上に手強い……!!
「ルイスさん!」
「助太刀するぞ!」
背後からアリシアとフラムが叫び声を発するも。
「あら、そうはさせませんわよ? あなたたちの相手は私です」
「ぐっ……!」
ミューミ・セイラーンが彼女たちに立ちふさがったようだ。状況を確認したいところだが、レストとの戦闘はまさに極限。チラ見している余裕はない!
「おらぁおまえたち! ぼさっとしてんじゃねえ! 帝国へ侵攻しろってんだ!」
苦しそうな表情をしながらも、レストが大声を張る。
それが合図になったのだろう。
さっきまで立ち尽くしていた兵士たちが、門へ向けて進み出していく。さすがは鍛え抜かれた戦士たちだけあって、そのスピードもかなり速い。
「くそっ……!!」
ルイスは思わず歯噛みした。
いますぐにでもあの進行を止めなければならない。
あれほどの上級戦士が大量に押し寄せては、いまの帝国では到底抵抗できない。
だが、このレスト・ネスレイアがそれを許すはずもない……!
いったいどうすれば……!!
「――まったく。辞めてほしいものだよ。我らが誇り高き共和国は、こんな蛮行など好まないはずだ」
ふいに、聞き覚えのある声が響き渡り。
見るも巨大な魔法陣が浮かび上がるや。
その上に、同じく見覚えのある姿が二体、出現した。
「はっ……!?」
ルイスはまたしても果てしない驚愕に見舞われる。
魔法陣の上に出現したのは、かつてさんざん苦しめられてきた大型の龍――ブラッドネス・ドラゴン。
そして。
以前、帝都へのテロ行為を画策した――神聖共和国党のリーダー、ヒュース・ブラクネスだった。
「ヒ、ヒュース!?」
ヒュース・ブラクネスは、かつて親睦を深め合ったときのように、にっかりと笑う。
「プリミラからの通達でな。いまは戦力がすこしでも欲しいとのことで、我らが出向くことになったのだよ」
「……マ、マジかよ……!?」
ぎょっと目を見開くルイス。まさか、神聖共和国党と共闘せよ、ということか。
「我ら、共和国への愛はあれど……暴力沙汰を起こすほど自惚れてはおらん。それを巧みに利用し、あまつつさえテロ行為まで操った蛮行、許すわけにはいかん!」
ヒュースはきっと表情を引き締めると、大声で叫んだ。
「ブラッドネス・ドラゴンよ。我らをこき使った仕返しだ。奴らを殲滅せよ!」
「グオオオオオオオッ!!」
ブラッドネス・ドラゴンは、大きく口を開き、漆黒の球体を放出する。
万象一切を呑み込むかのようにドス黒く塗られたそれは、ブラッドネス・ダークホール。
対象者の精神を吸収し、死ぬまで放心状態にさせるという、恐るべき大技――
「ちいっ!」
さすがのレストも危機感を覚えたか、大きくバックダッシュし、ルイスから離れていく。
ズドォォォォォオン!!
というすさまじい轟音が響きわたり、地表が深く抉れた。土埃が舞うなかで、多くの兵士たちが倒れているのが見て取れる。白目を向き、ぴくりとも動かない。
哀れ、精神を喰われてしまったようだが、どの道レストに意識を操られている以上、同じことか。
「…………」
ルイスはしばらく呆けて動けなかった。
思いも寄らなかったのだ。
よりにもよって、ヒュースやブラッドネス・ドラゴンなどとともに戦うことになろうとは。
そう。
帝国とてやられっ放しではない。
ソロモア皇帝やプリミラ皇女が、自国を守るために必死に動いてくれているはずだ。俺たちはひとりじゃない。
と。
ルイスの周囲に、いくつもの小さな魔法陣が浮かび上がった。緑に輝くそれは、大量の魔獣を召還させていく。骸骨剣士やギルディアス、かつて敵対した魔獣たちが次々と召還されていく。ブラッドネス・ドラゴンには及ばないまでも、みな手強い魔獣たちだ。
「ヒュース様、俺たちも助太刀します!」
同時に、門の方向から多くの人々が姿を現した。
確認するまでもない。神聖共和国党の党員だ。ヒュースと同様、プリミラ皇女に頼まれて来たのだろう。
「……はは。マジかよ」
ルイスは思わず笑ってしまう。
神聖共和国党の厄介さは身を以て味わっている。これはいくら凄腕の戦士でも手こずるだろう。
「あ!」
ふいに、フラムが黄色い声をあげた。とある党員を指差し、大きく目を見開いている。
「父上! 父上ではありませんか!」
「フラム……! こ、こんなところに……!」
呼ばれた党員もいっぱいに目を見開いた。
なんと、フラムの父は無事帝国で生き残っていたようだ。こんな形で会うことになろうとは、思いも寄らなかったが。
「ち、父上……! い、いままで、心配してたんですよ……!」
「悪かったな。本来は家族を養うはずの私が……まさか大臣に意識を乗っ取られてしまうとは……。情けない限りだよ」
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