世界の危機
ルイスとアリシアは、たっぷり数秒間、顔を見合わせた。
――あのSランク冒険者、レスト・ネスレイアが……共和国のギルドマスターにして、国の大臣だった――
にわかには信じがたい話だ。
だが……
「フラム。レストは普段ギルドにいないのか?」
「ああ。だからオルスがマスター代行みたいなことをやってんだよ。なんだ、それがどうした?」
そうか、そういうことだったのか……
レストが現在どこにいるのかは不明だが、すくなくとも数日前までは帝国にいた。あちらこちらを行き来しているのであれば、ギルドの統括などできるはずがない。だからオルスがギルドを仕切っていたのだ。
嫌な汗が頬を伝う。
寒気が全身を貫き、ルイスは思わず両腕を抱えた。
いままで謎だったいくつもの出来事が、一本の線に繋がるのだ。
もし、レストが共和国のスパイであったとするなら――井戸の呪文を探り当てることも容易だろう。なにしろSランクの冒険者だ。王族からの信用も厚いし、なんらかの手立てで呪文を解明した可能性がある。
そしてそれを、傀儡たる神聖共和国党、そして裏で手を繋いでいる魔物界に横流ししたのだ。
謎だった部分が見事に釈明できる。
――それだけではない。
フラムによると、レストは《人の意識を操る》ことができるという。つまり、現在、人々が錯乱しているのは彼の仕業である可能性が高い――
いや。
それどころではない。
ルイスが《無条件勝利》を獲得したあの日――帝都にいるはずの強い戦士はみな不在だった。
あれもまた、共和国の陰謀だったとしたら?
そして……その戦士がみな、レストの下についているとしたら?
仮に一斉攻撃を受けた場合、帝国を守れる戦力が果たしてどれほどあるだろうか。
「わかりましたよ……ルイスさん」
アリシアも自分なりの仮説を立てていたのか、苦々しい顔で呟いた。
「ヴァイゼ大統領が、《人々の錯乱》を帝国のせいにしようとしているのは……反感感情を高めて、戦争の口実にしようと企んでいるのかと……」
「……ああ。だろうな……」
帝国の凄腕戦士をも味方に回し、戦力を削いだ現在ならば――勝率は格段に上がる。下地は充分に整っている。あとは理由付けさえすれば、いつでも帝国を落とすことができる……
まもなく、世界の危機が訪れるかもしれません――
プリミラ皇女の言葉がルイスの脳裏によぎった。
《国民の諸君! 緊急通達である! 心して聞いてほしい! 繰り返す、これは緊急通達である!》
「…………!?」
瞬間、野太い男の声が周囲に響きわたり、ルイスは思わず竦み上がった。ソロモア皇帝に負けずとも劣らない、恐怖心を駆り立てるような重厚的な声だ。
「こ、これは……な、なんですか!?」
同じく驚愕するアリシアに、フラムが引きつった顔で答える。
「音響魔法。魔法を使って共和国中に演説を始めるようだが……なぜこのタイミングで……」
《我が名はヴァイゼ・クローディア。ユーラス共和国の大統領を務める者である。此度は国民諸君に重要な連絡がある》
一瞬の間を置いて、ヴァイゼ大統領の声が続く。
《現在、各地において、錯乱した人々による動乱が多発している。国民諸君もさぞ心を痛めていることと思う。現在、我が軍を以て鎮圧に徹しているところだが、さきほど、聞き捨てならない情報を入手した。この事件はなんと――かの隣国、サクセンドリア帝国が引き起こしたものである!》
「……っ!」
ルイスは思わず歯噛みした。
この野郎、よくぬけぬけと……!
《ユーラスを率いる者として、この蛮行を放っておくわけにはいかぬ! よって、早急に、愚かな隣国へ攻め入ることを決意した!》
「そ、そんな、嘘だろ……!?」
フラムがいっぱいに目を見開いた。
「もしかして……、敵国への差別意識を煽ってたのは、この流れをつくるために……」
「ああ。そうだろう……な……」
掠れた声で呟くルイス。
現在において、共和国の住民は、帝国への敵対感情を強力に刷り込まれている。かなり無理のある論調だが、おそらく大多数の住民が、この演説に同意を示すだろう。
「おいルイス、教えてくれ。ネスレイアさんがいったいどうしたんだ!?」
「ああ……」
ルイスは手短に、レスト・ネスレイアの疑惑を説明した。彼が帝国でSランク冒険者だったこと、帝国でも不可解な事件があったことを。
すべて話し終えたとき、フラムはたった一言、
「マジかよ……」
と呟いた。
《これは戦争ではない! 正義の鉄槌である! 国民の諸君、ともにこの苦難を乗り越えようではないか! 以上!》
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