これ、俺いる必要ある?
旅館の内部はまさに地獄の光景が広がっていた。
女性以外は用無しということだろうか。男性の従業員や、旅客と思われる者はすでに事切れている。さぞ無念だったに違いない。ルイスは静かに黙祷しながら、警戒を怠ることなく先へ進む。
新たな相棒――フラム・アルベーヌも、さすがSランク冒険者というだけあり、うまく気配を消しながら進んでいる。《無条件勝利》を使用しているルイスですら、気配を捉えることが難しい。それでいて、歩行の音もほとんど出していないのだ。このあたりは見事という他ない。
「…………」
歩を進めるにつれ、犯行現場の音が嫌に生々しく聞こえてくる。叫喚する女に、ケラケラと醜悪に笑う男たち。女たちは何度も「辞めて!」と叫んでいるが、男たちは聞く耳を持たない。むしろその様子を楽しんでいる様子さえ感じられる。
「…………」
フラムも不愉快そうに眉根を寄せた。いくら最高ランクの冒険者といえど、彼女はまだまだ若い。こんな現場など本当は見たくもなかろう。
だからルイスは、犯人たちに聞こえないよう、小声で訊ねることにした。
「フラム。平気か」
「あ……ああ。すまない。こんなことで動じてちゃいけないとは……わかってるんだが……」
「無理ねえさ。ここんとこ色々と立て続いてるからな。辛くなったらいつでも言え」
「……あんたは平気なのか? 色々あったって意味じゃ、あんたのほうがよっぽどだと思うが」
「はは。そりゃ、たしかにな」
ルイスは思わず苦笑する。
まあ、否定はできまい。
事実上の敵国――ユーラス共和国に入ってから、差別だの新しい敵だの、目まぐるしく事が進んでいる。リッド村での平和な生活が懐かしいと思うときもたしかにある。
だが。
「死にたくなったことなんて、一度や二度じゃねえさ。若いときは何度も自分の無能さを呪ったもんよ。だけど……おかげで、耐性がついたようだな」
おっさん冒険者、四十歳。
過去、辛かったことは何度もあった。
それでも腐らずに自己を高め続けてきた。
これくらいの緊張ならば何回も体験してきている。
「はは。強いなあんたは。尊敬するよ」
「やめとけやめとけ。アリシアにも言ってるが、俺みたいな奴を尊敬してもロクなことにならんよ」
そんなことを話しているうちに、フラムの緊張も溶けてきたようだ。さっきまで必要以上に固まっていた表情が、適度にほぐれている。
戦場において、過度な緊張感は禁物だ。自分の力を発揮できなくなる。
「さて。ここみてえだな……」
ルイスはとある扉の前で立ち止まった。
聞き耳を立てるまでもなく、犯行はこの扉の奥で行われている。男たちの下品な笑い声はさらに大きさを増している。
ざっと気配を探ってみると、冒険者の数はおおよそ五人ほど。被害女性は三人といったところか。行為に夢中になっているようで、こちらの存在に気づいている様子はない。
まさに人間を皮を被った怪物。
理性を失った獣と化しているようだ。オルス以外に見張りがいないとは、お粗末にも程がある。
突入するなら、いまがチャンスだろう。
「フラム。頼めるか」
「ああ。私が突破口を開く――!」
決然とした表情で、フラムは勢いよく扉を開け放った。
ガタン!
扉が開かれたと同時に、フラム・アルベーヌは地を蹴る。
《無条件勝利》を使用しているルイスですら呆気に取られるようなスピードで、フラムは瞬く間に男たちとの距離を詰めた。
一番近くにいた男が、のっそりとこちらを振り向く。
「なんだおま……がはっ!」
そして叫ぶ間もなく、フラムの振りかぶった短剣に腹部を斬られ、その場にうずくまった。その際、殺害までしなかったことは賢明だろう。
「て、敵襲だァ!」
「オ、オルスはどうしたんだよ! 自分が真っ先に遊んだくせに、逃げ出したわけじゃ……!」
「ふん。あの馬鹿は眠ってるさ。おまえたちも観念するがいい」
フラムは刀身を顔面に持ってくると、怒りを内包した声で言った。声のトーンが低い。たいした威圧感だ。
「くそっ……、どけおまえら!」
「あうっ!」
男たちは自分の身の危険を察したか、いままで弄んでいた女たちを突き飛ばした。
さんざん乱暴した上にこの所行。
断じて許されることではないが、彼らとて《操られている》可能性がある。
女たちは救いを求めるような目でルイスとアリシアを見渡した。その視線に、ルイスは頷くことで応じる。《無条件勝利》にSランク冒険者のコンビなら、そうそう負けることはあるまい。
「おい……俺、思い出したぞ……?」
ふいに、男のひとりが青い顔で呟いた。
「こいつ、もしかしてSランク冒険者じゃないのか……? たぶん、フラムとかいう……」
「え!?」
「ま、まじかよ!?」
いまさら彼女の正体を察した冒険者たちが、同様に表情をひきつらせる。
まあ、そりゃ怖じ気づくよなあ。
Sランク冒険者といえば《人外》の域に到達しているとも噂されるほどの実力者。フラムに限って言えば、敏捷性がかの前代魔王より高いときている。
ルイスの見立てでは、彼らはおそらくD~Bの冒険者。その程度の連中が数人集まったところで、正直相手にならない。
「ふん。いまさら気づいても……遅いんだよッ!!」
再びフラムは疾駆する。
そのスピードたるや、もうさすがの一言だった。
ルイスが瞬きしている間に、五人まとめて斬りつけてしまったのである。ある者はふくらはぎを、ある者は太股を攻撃され、聞くに耐えない呻き声を発する。
「ルイス! トドメを!」
「お……おう!」
正直もう俺いらないんじゃないかと思ったが、呼ばれてしまっては仕方がない。フラムは敏捷度が高い反面、やや火力に劣る部分もある。
――心眼一刀流、一の型、極・疾風。
同じく神速で振るわれた古代の剣技が、冒険者たちを問答無用でノックアウトした。
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